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2007年06月30日

水田の生態系を回復させる水づくりVol.1 【186号】

 Pick up interview
「田んぼの生きもの調査プロジェクト」田崎愛知郎さんに聞く


協会では、「流域の土と水を再生させる」活動の一環として、今年から、BMW技術が導入された農業集落排水処理汚泥(堆肥)を活用し、水田の生態系を回復させる実験を青森県藤崎町のトキワ養鶏グループとともに始めます。協会としては、世界遺産「白神山地の水を守る農業と暮らし」を藤崎町に提案しています。
 そこで、今回、水田の生態系に着目した『田んぼの生きもの調査プロジェクト』(注1)に取組んでいるパルシステム生活協同組合連合会の田崎愛知郎さんに、生きもの調査の目的や内容について、お話を伺います。私たちとしては、生態系が回復した水田の水が岩木川に流れ、十三湖、日本海に注ぐことをイメージしています。聞き手は、椎名盛男BM技術協会常任理事。

──そもそも「田んぼの生きもの調査」を始められたきっかけをお聞かせください。

CIMG0273.jpg田崎 パルシステムでは新農業政策(注2)を、2000年3月に理事会で確認し、それに基づいて新農業事業推進室が創られ、翌年の新農業事業推進プロジェクトを経て、新農業委員会が発足しました。そこで、生協と産地との交流事業を進化させるため、それまで、パルシステムの会員生協で行われていた産地との「田んぼの交流」に、新たに生きもの環境調査(当時)の企画を導入することを2002年に提案しました。
企画の趣旨は、都市に住んでいる消費者組合員が、非日常空間としての農村で、生きものの多さを体感できるということや、減農薬栽培や有機栽培農法を生協と産地で進める中で、生きものの総量とか種類は増えてくるだろうという仮説を立てて、調査をしながら、実感を体感するというものでした。
2002年には、7産地で、一斉にこの生きもの環境調査が始まりました。しかし、2年間で交流の企画としては、定着すると同時に先細りになったと言えます。何故、先細りになったかと言えば、生産者からすれば、組合員が喜んでくれれば良いという、お楽しみ企画の1つとして、おもてなしの交流の域を出ていなかったことや、生産者そのものが生きものと農業の関係に興味を示していなかったからだと思います。
それで農業との関係をどうしたらよいかということで、悩んでいた時に、「メダカのがっこう」というNPO法人の中村陽子理事長と、岩渕成紀(現NPO法人田んぼ・理事長)さんに出会いました。岩渕さんから、冬期湛水、不耕起栽培を基本にすると、イトミミズや、ユスリカが水田のメルクマールになるということを研修会で見せてもらいました。岩渕さんの「微生物から始まって水田の生きものの繋がりの中で米づくりが成り立つ」という言葉を聞いた時にハッとし、「生きもののつながり」これでやってみようと思いました。
それから、秋から翌年の1~2月まで準備をして、2004年に向けて、不耕起・冬期湛水による試験栽培を併せた形での田んぼの生きもの調査を四産地(新潟県・JAささかみ、宮城県・JAみどりの、秋田県・大潟村産地会議、千葉県・ちば緑耕舎)に提案しました。しかし、実際には、不耕起でできる産地はなくて、半不耕起栽培で、冬期湛水については、3産地で始まりました。特にJAささかみでは、BMW技術に取組んでいたということもあって、担当の石塚美津夫営農課長(当時)が原理について、自分なりに解釈をして、豆腐工場からでる液状おからと生物活性水を混ぜたものを大量に水田に入れてスタートしました。結果は倒伏もしないで良い米になりました。
これらの取組みと併せ、生協の組合員の参加(交流)については、各産地と生協全体交流の中で進めたり、会員生協との結びつきで進められていきました。
以前と違ったのは、生産者が従来の農法を変えてまで、生きもの調査で提案している農法(生物多様性農法と私たちは呼んでいます)を行い、生協組合員がそれを同じ目線で一緒に見るという点です。前の観察会的なものとは様相ががらりと変わりました。生産者が自分のやっていることを嬉々として説明する形になってきました。
最初は環境調査と言って、大げさに始めましたが、実際には生産者と消費者が同じ目線で田んぼの土を見ることで理解が始まったと思っています。パルシステムの取組み産地も2005年に、6産地、2006年には8産地、今年、2007年には11産地に広がってきました。

──パルシステムになる以前の首都圏コープ事業連合の頃に、「田んぼの鯉は知っている。佐久のお米の安全性」というキャンペーンがあったと思います。生きもの調査というのは、観点として、このリバイバルなのか、もう一つは、この間、無農薬とか減農薬とか解釈の混乱がかなりあったと思うのです。例えば、強い農薬を少し使うのか、濃度の低い農薬を沢山使うのか、それでも、減農薬、低農薬という概念には整合性がありますよね。そういう混乱を断ち切る、つまり、田んぼに生き物が多様にいることが、お米の安全性のメルクマールになるという新しい哲学をつくることがこの生きもの調査の動機だったのですか。

田崎 動機は、生きもの調査をやりながら生産者と消費者が一緒に見ていくということから始まっています。農法としては、NPO法人・民間稲作研究所・理事長の稲葉光國さんが「自然の循環機能を生かした有機稲作」という言葉で、定義しています。食は自然の循環、生きものとの繋がりの中にあり、共生の価値観に立てば、環境と食の安全は同時に成り立つはずだという仮説を立てて、それぞれの地域条件における技術確立を試験栽培と生きもの調査を必要十分条件として提案しています。
取組みの観点としては、椎名さんが言われたように、1つは、価値観を変えていくということです。2つ目は、産地の土の条件や温度、水の条件を含めて栽培技術を確立していくこと、3つ目は、農政では、環境直接支払いとの関係、パルシステムで言えば、組合員が理解をして、価格とは、別な価値で購入するという仕組みづくりを行うということです。

──お米は、生産段階では、農産物ですね。そして仕様に沿って商品となり、販売してお金になります。商品がお金になるというのは、実は、「死ぬほどの飛躍」だとマルクスは、言っていますが、この生きもの調査に生産者が取組むと、「死ぬほどの飛躍」をしなくても良いということなのですか。つまり、優位に余剰価値を生み出すというメリットはあるのですか。と言うのは、これまでの産直は、端的に言って、計画経済と理解されていますが、違う角度から見れば、当初から先端をいく「先物取引」であったと思います。市場の先物と違ってあらかじめ双方がGPを確定できるという優れた面を持っていました。「死ぬほどの飛躍」は問われませんでした。生きものの多様性の確保は、持続を要求します。水田はトラストへと向かうのでしょうか。

IMG_0773.jpg田崎 生産者にとっては、価値がつくられていかなければ、メリットにはなりません。そのためには、今までの有機農業の価値観を変える必要があると思います。つまり、紙マルチや合鴨等を利用し、単に農薬や化学肥料を使わない、資材を換えるという米づくりの価値観から、生きものの繋がりの中で米もつくられているという価値観への転換です。だから、雑草や害虫を完全に敵にするのではなく、生きものの相互関係系の中で米ができることが、実は安全な米だし、生物の多様性を守ることだと考えています。

──そういう価値観というのは、都会の人達の価値観ですよね。具体的には生きもの調査を生協の組合員と一緒にやっていくと、生産者はある程度は米を高く販売できるのですか。

田崎 これまでの有機農業に対する価値観は、農薬を使わない、化学肥料を使わない、生産者が苦労しているから高く買わなければいけないという、どちらかというと、暗い、否定的なところで買えばよいという話だったと思います。それで今までは、消費者に田んぼに来てもらって、「私たちはこんなに苦労しているのだから、あなたたちは、理解をして高く買って欲しい」というのが、交流だという側面をずっと、持ち続けてきたのではないでしょうか。
実はそうではなくて、自然との関係の中での豊かさとは何か、貨幣価値に置き換えるのではなくて、農村なり地域に、生物多様性があることが、住みやすい、豊かな地域であるということに、価値を感じるというように消費者が変わることが必要だと思います。自然との共生が基本だという理解する消費者が増えていくことが大前提ではないでしょうか。

──現実的にこの生きもの調査を媒介に都市の人々は変わりつつあるのですか。

田崎 そのように理解し、努力したいと思います。

Vol.2へ続く

注1:田んぼの生きもの調査プロジェクトは、JA全農、パルシステム連合会、生活クラブ生協連合会、NPO法人田んぼ、NPO法人民間稲作研究所、NPO法人農と自然の研究所、(社)農村環境整備センター、㈱アレフ、㈱ゼネラル・プレス等で構成、運営されている。事務局はJA全農とパルシステム連合会
注2:食糧と農業の主体は、生産を担う生産者と消費する消費者(両者は統一的に生活者)であると捉え、生産者と21世紀の消費者の新たなパートナーシップを確立して、食料・農業問題解決に取組む農業・産直政策

Author 事務局 : 2007年06月30日 14:12

 
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