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2007年07月31日

水田の生態系を回復させる水づくりVol.2 【187号】

 Pick up interview
「田んぼの生きもの調査プロジェクト」田崎愛知郎さんに聞く

 世界自然遺産・白神山地を源流にする岩木川。この岩木川流域の青森県藤崎町で、BMW技術が導入された農業集落排水処理汚泥(堆肥)と生物活性水を活用し、水田の生態系を回復させる実験がトキワ養鶏グループで、始まります。
 前号から、水田の生態系に着目した『田んぼの生きもの調査プロジェクト』に取組んでいるパルシステム生活協同組合連合会の田崎愛知郎さんに、生きもの調査の目的や内容について、お話を伺っています。
 私たちとしては、生態系が回復した水田の水が岩木川に流れ、十三湖、日本海に注ぐことをイメージしています。聞き手は、椎名盛男BM技術協会常任理事。

──「生物多様性農法と田んぼの生きもの調査」を実施している水田から収穫されたお米の供給量は、パルシステムの中で実際に増えていますか。

田崎 少しずつですが増えています。パルシステムの米の販売量は、総量で25,000トンです。その内「theふーど」のお米(注1)というのが、有機栽培と有機栽培に準じた基準で供給されていますが、その中で生物多様性農法を開始し、生きもの調査に取組んでいるお米の供給をしています。まだ、量的に1つの産地から大量に供給されていないため、「theふーど」のお米として産地リレー供給のひとつとして予約登録販売しているというのが現状です。そのため、生物多様性農法を「ふーど米」の中で説明しきれていないのが残念です。しかし、今年3年目を迎えて、ある程度まとまった生産産地が造られていますので、紙面でもその取組みを紹介して、今秋から供給していくことを計画しています。

──生産者のことで言うと、農業というのは、「経済的な手段」ですね。しかし、この取組みは、農業それ自体を「目的として扱う」可能性を秘めている話だと思うのです。つまり、生きもの調査を実施することによって、環境の問題などを考える人達に変わる契機になっているのでしょうか。

田崎 パルシステムの農業政策で言えば、田んぼから始まって、現在、畑では植物生理を理解した上での肥培管理等を行うおいしさプロジェクトが進められていますが、それも生きものの話を基点にする必要があると思います。もう1つ、畜産では、ヨーロッパから始まったアニマルウェルフェア(環境との共生関係の中で、畜産動物の健康を重要視する考え方)の視点を出し始めています。生きものに視点を定め、環境と農業そして食の安全として、稲作、畑作、畜産を含めた農業全体を見直すということを生産者とも、ごく当たり前に、話ができるように徐々になってきていると思います。

──生きもの調査では、例えば、イトミミズとか、メダカとか代表的なメルクマールになる生きものがいて、それを追跡するような手法で実施しているのですか。

田崎 そうです。メルクマールの代表となっているのがイトミミズとユスリカです。一定の時期に水田の中のイトミミズ、ユスリカ等の幼虫をカウントするという手法をとっています。

──それはどのように実施するのですか

田崎 手法は、田んぼに対角線を引き、中心と中間点の五箇所で測定する方法です。

──土壌検査と同じですね。

田崎 市民調査としてできるような形で進めています。稲の生育、収量調査と併せ、全体の生きものの遷り変わり、循環の様子が理解可能な手法をとっています。イトミミズやユスリカがどの位いると、抑草効果なり、その後の栄養効果がどれ位あるかという仮設を立て、指標としています。
農法としては、2005年にこのプロジェクトに加わった稲葉光圀さん(NPO法人民間稲作研究所・理事長)が取組んでいた成苗二本植えと米糠農法が土台になっています。この農法は、湛水管理の考えがない前は、成功と失敗を繰り返していましたが、冬季湛水や早期湛水を導入することで成果が安定してきました。水田の中で、乳酸菌や酵母等、微生物の発生から始まって、ミジンコ等の原生生物やイトミミズが増えていきます。それが循環しながら、粒子の細かい還元層(トロトロ層)を形成していきます。それが栄養面と、雑草の発芽抑制に効果があるということを確認しながら、最後にイトミミズとユスリカの数量で、どれ位の効果があるということを調査します。

──トロトロ層で抑草するというのはどういうメカニズムなのですか。

田崎 岩渕成紀さん(NPO法人田んぼ・理事長)に言わせると、トロトロ層は、酸素が少ない還元状態になっているので発芽がしにくくなるという説明です。成功事例が何箇所かあるので、それを生産者のところで説明しながら、技術として安定させようと取組んでいます。

──生産者は、生きもの調査に取組んで、具体的にどう変わりましたか。

田崎 一斉に皆が変わる訳ではありませんが、生きものの循環に対する景観に価値を感じる人が増えてきています。その成功を見て、取組む生産者も多くなっています。「JAささかみ」がその典型ですが、最初に石塚美津夫(営農課長・当時)さんが1枚の田んぼで始めて、今は理事の方を含め9人の方が取組んでいます。周辺生産者への影響としては、非常に大きいと思います。また、今までは紙マルチが主流だったのですが、紙マルチよりもこの農法の方が、面積が広がり主流になりつつあります。パルシステムの中で取組産地が11産地に増えたというのは、皆が注目しているということではないかと思います。

──例えば兵庫県豊岡市で、コウノトリを放鳥する試みがありますね。コウノトリがあの地域の中でもう一回、あたりまえの風景の中にいるような構造にするということですか。

田崎 そのような地域の水田再生を科学的知見を持ってつくっていくことです。昔に返れば良いということではなく、生きものの繋がりがないと、コウノトリの餌となる、ザリガニや、ドジョウとか、魚類が棲息できません。

──コウノトリが生息できる生態系を回復させる代表的な試みと同じような取組みは、他にどのようなものがありますか。

田崎 琵琶湖では、鮒寿司(注2)の素材となっているニゴロブナを田んぼに戻す取組みが進められています。

──ナマズも琵琶湖から、田んぼに産卵に来るそうですね。

田崎 だから水田は、決して米だけをつくるところではなくて、ニゴロブナが安心して産卵するなど生きものと共生できる場なのです。そのためには、除草剤を減らし、代掻きを浅くして、生息条件をつくっていく必要があります。その結果として米も様々な生きものと一緒に安全に育まれるということになります。その地域に合った循環の環境を整えることが重要です。コウノトリの繁殖に取組む豊岡市長は、『環境経済戦略』という言葉をあみ出しました。

──『環境経済戦略』とは、どういう意味ですか。

田崎 コウノトリの住みやすい環境は、人も住みやすい環境であるし、それを地域活性化の基点にしていこうという発想です。

──日本だけでなくて、世界性がありますね。他にはどういう事例がありますか。

田崎 宮城県の蕪栗沼(かぶくりぬま)と周辺水田の事例があります。パルシステムの産地となっている「JAみどりの」の管内なのですが、冬に雁と鴨の飛来地になっている所です。蕪栗沼のある大崎平野は、もともとは、多くの湖沼がある湿地帯だったのですが、明治以降は、干拓が進められてきた地域です。蕪栗沼には、一時に5万~8万羽の雁と鴨が集まります。しかし、最近では、一極集中するとインフルエンザの問題もあり、一斉に絶滅の危険もあります。
ここでは、飛来地として一箇所に集まるのではなくて、大崎川全体の湿地帯を取り戻そうと、環境団体と行政、生産者が協力して、冬に水田に水を入れ始めました。

──一極集中させない、と。東京化を避けるような話ですね。それが冬期湛水田んぼな訳だ。

田崎 それが10年をかけて、地域の合意形成ができて、2005年の秋に、ラムサール条約に、蕪栗沼と周辺水田が湿地登録されました。世界で初めて、水田がラムサール条約に登録された事例です。
登録された時に、アフリカのウガンダのカンパラで、締約会議がありましたが、その時には世界的に注目を浴びました。通常は、会議に参加するのは、国と研究者、環境保護団体だけなのですが、私達は、生産者、行政、消費者(パルシステム)、研究者が一緒に参加しました。特に生産者が参加したことは、驚きを持って見られました。

──そういう日本的なスタイルは珍しいのでしょうね。通常、学者は学者だし。農民は農民、役人は役人ですから。

田崎 来年、2008年に、韓国でラムサール条約の第10回締約国会議が開催されますが、これを契機に、アジアの水田農業が環境や、食の安全、食料自給を含めて価値のあるものだということを発信していきます。アジアの水田農業というのは、水の循環を基盤にしながら、モンスーン気候の中で、生物多様性を活用できる生産性の高い農業であるということも発信していきたいと思います。これが、WTOに対する唯一の対抗軸になると考えています。

──他に田崎さんが注目している所はありますか。

田崎 佐渡ですね。トキ野生化に向け試験放鳥が来年の夏に予定されています。ただし、環境団体や行政、研究者、生産者が一体となってトキが住める地域をつくっていこうという運動になっていくには、まだ課題があります。生物多様性の農法は、地域全体で進めていかないと効果は、ありません。

──環境という観点ですと、当然、そうなるし、流域というのが前提になりますね。新潟県の瓢湖はどうなっていますか。かなりのハクチョウの密度ですよね。

田崎 瓢湖には、一冬に5千羽ぐらい、ハクチョウ、コハクチョウが来ます。新潟市に近い所にもう1つ福島潟というのがあり、そこにはオオヒシクイが来ますが、本来であれば、新潟平野の潟の地域がつながっていいはずです。しかし、行政が違うため、別々の管理が行われています。BM技術協会で構想しようとしている岩木川のように、白神山地の奥山から河口までの流域の生態系ネットワークを繋ぐ政策と同様の課題であると思います。実は瓢湖の白鳥は、朝飛び立って、生物多様性と生きもの調査に取組んでいる「JAささかみ」のある旧笹神村の田んぼで昼間は過ごし、餌を食べに来ます。冬の旧笹神村には、日常の風景として、白鳥がいます。

──どれも非常に興味深いですね。
 
田崎 先程、指標生物の話をしましたが、生きもの調査の指標生物は、決して、イトミミズやユスリカだけでありません。土の中では、イトミミズやユスリカですが、水の中で言えば、メダカ、空で言うと、ホタルです。また、赤とんぼも田んぼと里山を行き来しています。それらは命の繋がりとして地域全体では指標になるでしょう。営農としてやる生きもの調査は、イトミミズやユスリカですが、消費者とか地域の人達がイベント的にやる生きもの調査は、結果として、メダカが現れたとか、ホタルの舞う光景を見たりします。
生きもの調査には、営農的な調査と、市民がイベント的に行う食育や交流の調査、研究者がテーマを設定して実施する調査があります。この三つを組み合わせて、地域の調査データを到達点としてまとめていきたいと思います。

Vol.3へ続く

注1:「theふーど」──五つの視点─①自然や生きるものみんなに優しい食料生産 ②食料の国内自給と輸入③安全な食生活 ④共生の価値観にもとづいた地域との提携 ⑤暮らし方の改善─を持ち、環境と農業の共生の理想形を表現する開発商品群です。
注2:鮒寿司──琵琶湖と周辺水田の生きものが行き来する自然環境再生を農業者、漁業者が共同してニゴロブナを田植え後の水田に放流し、水田を地域の文化価値として昔からあった鮒寿司を地域の当り前の食べものとする個性ある地域づくりを目指しています。


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Author 事務局 : 2007年07月31日 18:14

 
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