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2007年08月01日

水田の生態系を回復させる水づくりVol.3 【188号】

 Pick up interview
「田んぼの生きもの調査プロジェクト」田崎愛知郎さんに聞く

 世界自然遺産・白神山地を源流にする岩木川。この岩木川流域の青森県藤崎町で、BMW技術が導入された農業集落排水処理汚泥(堆肥)と生物活性水を活用し、暮らしと営農を結びつけ、水田の生態系を回復させる実験が、6月から始まっています。
 アクア6月号から、水田の生態系に着目した『田んぼの生きもの調査プロジェクト』に取組んでいるパルシステム生活協同組合連合会の田崎愛知郎さんに、生きもの調査の目的や内容について、お話を伺っています。
 私たちとしては、生態系が回復した水田の水が岩木川に流れ、十三湖、日本海に注ぐことをイメージしながら流域農業の再建を探っています。聞き手は、椎名盛男BM技術協会常任理事。

―――これまでのお話の中で、生きもの調査の現場では、沢山の生物が増えていることが確認されていることや、その生きもの調査に、都会の子供や親子が参加して、経験や知識を増やしたりしていることが分かりました。また、「ふゆみずたんぼ」等の農業体験が、持続的な交流の場になっていることも、お聞きしました。田んぼの生きもの調査自体が媒介となって、都市・農村を問わず、子供の人格形成に寄与できる枠組みが、生きもの調査の運動にはあると思います。そこで、地元のことをお聞きしたいのですが、取組み産地の子供に、大人たちがそういう農法を実践して、地域の財産として、例えば、ユスリカなり、イトミミズなりが農業を支えたり、環境を守っているという教育運動の動きは地域にあるのでしょうか。

田崎 少しずつですが、そうした動きがでてきています。山形県庄内では、2年前に活動の推進組織として地元の生産者グループやJA、行政、大学、農業高校、NPOらで「庄内環境創造型農業推進会議」が組織されました。そこでは昨年、文部科学省の実験事業として地元の中学1年生、200人を対象に、1週間かけて環境教育と食農教育を実施し、そのうち、田んぼの生きもの調査ついては、2日間を当てました。その時に、講師の岩渕成紀さん(NPO法人田んぼ・理事長)から、命のつながりについて、宇宙のビッグバンや命の誕生の話から始め、田んぼのイトミミズが土をつくり、最後は自分の身を次の生きものに捧げるという講演を行いました。生徒たちは、その話を感動を持って聞いていました。その後も小学校にも拡大され、年間計画を組んで「ふゆみずたんぼ」の生きもの調査が、続けられています。
また、全国共通で、小学校5年生の社会学習のカリキュラムには、必ず稲の学習が入っています。そのカリキュラムに、生きもの調査を取り入れる事例が、かなり増えてきています。そこでは、次世代を担う子供達に、農業の前提となる生きものの繋がりや、多様性を理解するような内容の生きもの調査が中心になっています。

―――戦後、60年の教育の内容を考えると、極めて悲観的ですが、地元の学校の先生に、今やられている生きもの調査に明るい方、あるいは、この調査に共鳴する資質を持った先生はいるのですか。言葉を変えれば、拝金主義にある程度免疫があり、自然誌(史)に明るい先生はいるのでしょうか。

田崎 当初は非常に少ないと思います。地域を知らない先生には日常カリキュラムの一旦としか認識せざるを得ないのが当たり前になっています。しかし、担当となる先生も次第に変わってきます。子供達の感動に動かされる側面もあるのではないでしょうか。学校では計画を立てたから、メニューとして実施するという場合が多いのですが、農業体験と同時に生きもの調査、命に触れることは原体験としても大事なことで、生産者も子供たちに話をすることで自らの農業を誇りとして確認して自信を深めているともいえます。表情も晴れ晴れしてきます。話し方も解りやすくなり、その意味で共通の感動を経験しているのかも知れません。
BM技術協会の石澤理事長がPTAの会長を務めている青森県藤崎町の常盤小学校でも、昨年から生きもの調査を始めましたが、昨年と今年とは大きく取組みの姿勢が変わってきました。今年は、事務局となっている地元のJAの担当者も含め、自信を持って、子供達に、田んぼの生きものの大切さを伝えようとしています。
この生きもの調査の取組みは、先ず、地域の方々が、生物が多様にいる意味を理解しなければ、都会に売るためだけの商品に手間をかけるということになってしまいます。そうであれば、今までのように金額は高くなくても、普通につくった方が楽ということになります。できれば、生きもの調査の田んぼでできたお米は、まず、地元の学校給食、福祉施設、直売所などでの利用から地元での関心を高めていただきたいと思います。この生きもの調査に対する関心が高まってきているのは、人々が効率主義・市場主義による閉塞感への不安から、生きもの視点による関係性の創造を渇望し、転換を模索せざるを得ない状況になってきているのだと思います。

―――生物が多様にいるということが、地域の文化と環境を支えており、それは資源であり、地域独自の宝だと思います。しかし、そのことを地元で教育として、子供達が学べるようになっていることが大切と思います。例えば、生きもの調査のお米が学校給食に行くとしてもそれは、一つの媒介でしかありません。昔、田んぼにどんなものがいたか、タニシがいたとか何がいたとかを子供達が地域で聞き取り調査をするとか方法は色々あると思います。実はそれが大事なのだと思います。しかし、それを教える先生がいないとすると、学校は機能していないのでは。

田崎 確かに課題とは思いますが、一般的に学校の先生にのみ期待するのではなく、先生を活かす仕組みを地域で作っていくことも重要ではないでしょうか。
地域の力を活かすという点では、地元のお年寄りに話を聞くのも一つの手です。以前に、「昔の生きもの調査」をやろうと提案したことがあります。地元学という手法があって、2002年に新潟県の笹神村で、地元学の講師を招いて、村を全部見てもらい、森や雑木林や田んぼや溜池や、水循環を巡り、昔の洗い場が残っている水路など、7ヵ所を選定し、そこで「あるもの探し」をしました。その時は、まだ生きもの視点が前面にでていませんでしたが、暮らしの中にあるものを一つずつ積み重ねていくと、自分達の暮らしの価値が見えてくるというものです。この手法を活用すると、「昔の生きもの調査」はできます。ただ、もう60歳位の人では分からなくて、70歳から80歳の人だと昔、あそこに何がいたということを覚えています。今、現在行われている生きもの調査と併せ、例えば、雨の時は、お年寄りのところに行って聞き取りをして、地図に落とし込んでいくというのも面白いと思います。

―――大阪の生協で、組合員と子供達が1反位の田んぼをつくっているのですが、田植えをして、お米ができるまでを体験する取組みがあります。しかし、自然を教える先生がいないために、生きもの調査をどうやっていいかというか、田んぼ1枚を充分な教材にできないという現状があるのですが、こういう場合、生きもの調査プロジェクトに問い合わせをして、講師を派遣してもらったりすることはできるのですか。

田崎 もちろん相談していただいて結構です。単に自然を楽しむということから農業と生きものの関係を実感を持って理解していくことになると思います。

―――ところで、畑の生きもの調査というのは、できるのですか。すでに実践されていますか。

田崎 畑の生きもの調査そのものは、課題になっています。畑だけということでなく、田んぼがあり畑があり、雑木林がある、そういう生態系の連続性で見る必要があるかと思います。例えば、赤ガエルは、田んぼで産卵して、畑で虫を食べて、雑木林に行くというような動きが見えるのではないでしょうか。

―――とんぼも山にいますね。秋を告げに里に降りてきます。田んぼだけ切り取った自然というのは、有り得ないですね。

田崎 とんぼも移動していきます。ですから、田んぼや、畑、林を含めて、地域全体の環境を生きものが住みやすい環境に変えていく必要があります。そうしないと、赤ガエルやとんぼは減っていきます。

―――この生きもの調査の動きは、自然をつかの間、消費するという都会主義でなく、消費者も取組み産地に行くという意味では、非常に大切なことだと思います。しかし、地域の環境を支えている多様な生物を宝物にしていく自覚を促すような環境が、地域の学校の先生を含めて少ないということが、今後、かなり大きな問題になってくると思います。何故かと言うと、この六十年間、そういうものが、財産であるという自覚がありませんでした。それは、「向都離村」「向工離農」政策と、農薬と化学肥料で栽培するという生産システムが、できてしまったからだと思います。一から出直す契機の一つに、このプロジェクトはなるでしょうか。

田崎 地域に子供も少なくなって、次代を担う子供達や農業、自然資源を大事にしなければいけないということから、農業体験などが各地で取組まれています。しかし、田んぼの生きもの調査の現場では、農家の子供でも田んぼに入ったことがないという子供達も、実際にいます。
特に兼業農家などでは、親自体が、農業に誇りが持てないと思っている方が、かなりいるのではないでしょうか。生きもの調査を実施して、農業が生命産業である実感の理解が深まれば、地域農業と自然そしてくらしに誇りが持てるのだと、考えています。

―――今、米作りをしている人の中で、経済的に一番余裕を持ってやれているのは、地元の公務員や学校の先生、団体の職員など、主たる収入が農業に依存していない兼業の人だと思います。つまり、米作りがボーナス化している人達。そういう経済的に余裕のある人や、比較的知識を持っている層は、この生きもの調査への理解はあるのですか。

田崎 現状、兼業の人たちはこの生きもの調査には、時間的制約もあり、ほとんど参加していません。畜産や畑作、果樹と稲作との複合経営の専業農家の方の取組みが多いと思います。
しかし、最近は兼業農家の人にも、子供を通して参加が見られるようになってきた例もあります。地域の中で、効率優先の農業を変えたいと思う生産者が増えてきているのだと思います。

―――最初のインタビューで、米の価格のことを重ねてお聞きしました。それは何故かというと、この間、BM協会の生産者にヒアリングを行なったところ、一般の稲作では、1反当りの農家の可処分所得は、よくて三万円だろうということでした。これまで、国は中核農家の育成として、大型の機械の導入を始め、様々な規模拡大策を図ってきましたが、10ヘクタール耕作したとしても、可処分所得は、300万円、50ヘクタールで1500万円です。こういう構造が大型の専業農家にあります。設備投資は償却できないばかりでなく、彼らが大規模経営に踏み切った頃、米は1俵2万円強でした。今、良くて、1万4千円~1万5千円です。30%の下落です。借入れ金利が5%なら、実質金利は35%です。こんな金利で、やれる事業などありません。高利貸しの金利以上です。一方、土地は手離したくないが、自分の家のお米はほしいという人達が、すべて作業を委託すると、平均的な委託料は、1反当り、約7万円かかります。しかし、この委託料を払えない人々が最近、でてきています。また、日本の平均的な耕作面積となっている1.5ヘクタール程度の農家は、可処分所得で50万円~60万円位なので、経営的にやっていける、いけないの話ですらありません。そうすると、農林水産省が言っている集落営農への移行や、規模拡大化で乗り切れるかというと、現実は、そうはなっていない事態になっています。3反程度の田んぼを持っている人が、規模の大きな人に貸そうとしても、今度は借りた人が地代を払えないような時代になって、どこも稲作が回らない状態になってきています。専業として、すでに米作りをしている人は、自己満足か、ヤケッパチかのいずれかでしょう。サラリーマンにもなれない自由人の罰を受けているようなものです。特に中山間地では、村の中の農業基盤が崩れようとしています。
そういう時に、この生きもの調査というのは、前にも述べましたが、農業それ自体を「経済手段」だけでなく、教育や環境の問題として「それ自体を目的」として、取り扱えるようになっていくのではないか。そして、それが都市の人達に理解が広がり、一定程度、平和的に農村が持ちこたえることができるのではないかということが、気になっていました。
この生きもの調査は、地域の自然を下支えする多様な生物を田んぼで保全・保障していく取組みだと思いますが、生きものが沢山いるような農法をしている生産者には、直接保障をするというような国の制度はあるのですか。

田崎 農林水産省では、農業・農村の基盤を支え、環境の向上を図ることを目的とした「農地・水・環境保全向上対策」を今年度から導入しました。この対策では、農地・農業用水等の資源や農村環境を守り、質を高める地域共同作業については、活動組織に、1反当り4,400円が助成されます。また、特別栽培以上の減農薬減化学肥料栽培や有機栽培を行うと、1反当り6,000円が助成されます。しかし、減反をやっていない人は除外されます。一方で、昨年12月に施行された有機農業推進法を拠り所に、生産者を組織して、県と直接保障等について交渉していく、という動きもあります。

―――4,400円とか、6,000円、こっちが出すから、官僚がやってみろという金額ですね。農林水産省は、農民に喧嘩を売っているみたいですね。その他に、国の施策はありますか。

田崎 今年の11月には、国の第三次の生物多様性国家戦略が発表されます。7月には農林水産省の生物多様性戦略の「農林水産業の生物多様性指標の開発」指針の具体策としている、環境と共生する農業技術確立と普及、そして生きもの調査のガイド作成や、講師を養成することがプロジェクトの事業と同調していく可能性があります。農林水産業が環境の担い手として環境直接支払いを仕組みとして早急に農政転換とその理解を消費者の運動としても組織していく必要があると思います。
今、BM技術協会が提起している白神山地から、岩木川流域の土と水を再生する構想は、第三次生物多様性国家戦略に一致しているものだと思います。
世界遺産の奥山があり、それに里山が繋がっていて、里地があって、潟湖・溜池があり、市街地化した暮らし、シジミ貝・沿岸漁業が営まれる里海まで水循環で繋がるヒトを含めた生態系は、世界でも稀な流域共同体の環境再生モデルが構想可能な非常に重要なところだと思います。
例えば、この流域で、産地と消費者が交流をする時に、景観の成り立ちは、多様な生きものなのだ、ということを地域と一緒に理解したり、消費者が自分の暮らしを見直すために行くというよう形になると、新たな交流として展開が始るのではないかと思います。

 ―――ありがとうございました。次回からは、生態系を修復させる技術の話に入りたいと思います。(以下、次号)

Vol.4へ続く


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Author 事務局 : 2007年08月01日 18:17

 
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