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2007年12月01日

「イタリア・スローフードの旅」報告 【AQUA192号】

 BM技術協会会員の「らでぃっしゅぼーや」主催による「イタリアのスローフードを巡る旅」が一〇月一〇日から一九日に行われました。同じく協会メンバーの「やまなし自然塾」「白州郷牧場」「あゆみの会」のメンバー七人が、イタリアのスローフード協会や食科学大学などを見学してきました。(報告:井上忠彦)

 イタリア料理というものがあるわけではなく、イタリア各地方の郷土料理を集大したものがイタリア料理とよばれているに過ぎない、といわれます。そんな「食」の多様性を伝統とするイタリアの有機事情を報告します。
 日本では有機(またはオーガニック)ですが、イタリアでは「Bio」が有機の意味だそうです。イタリアにおいて、有機の野菜は慣行のものに比べておよそ一五~二〇%市場価格が高く、オーガニックよりの生産者は今も増えつつあるそうです。
 一〇月一五日に、人智学のルドルフ・シュタイナーによる、宇宙・自然のリズムを基にする「バイオ・ダイナミック農法」のイタリア研究所を訪問しました。ここには年間七~八〇〇人ほどの来訪者があるそうです。バイオ・ダイナミック農法は八〇年前から行われていて、たとえばオーストラリアなどでは、かなり大規模に行われている有機農法です。
 「微生物が含まれる土はそれ自体が生き物」「農業従事者は土を癒す医者である」といった言葉が研究所所長のスピーチから聞かれました。また「農業なしに国家は存在しない」「わたしたちは農産物だけでなく文化を生産している」といった誇りにあふれる発言もありました。
 研究所の後に、二五年前からバイオ・ダイナミック農法に切り替えたマッサンティ・マルコさんの農場を訪問しました。マルコさんは有機農法は「自分が自由になれる手段」、「農業を楽しめる農法」であると笑顔で語られました。
 よく知られているようにスローフードとは、ファーストフードに反発して名付けられた運動です。スロー対ファースト、つまり「スピード」がひとつの対立軸です。
 経済活動は一九世紀からスピードに関わるようになりました。より高速に物や人を移動し、より瞬時にサービスを提供する者が常に経済的な勝利を収めました。つまり誰よりもファーストであることが勝者の必要条件になりました。一五~一七世紀の大航海時代における植民地拡大が「空間を支配する戦争」だったとすると、産業革命以後はスピード・速度という「時間を支配する戦争」に変化したともいえます。
 そして速度の進歩は人間に幸福を与えるという考え方でした。速度は正義であり、スピードは美、という意識が世界を前進させていたはずです。
 イタリア系フランス人の思想家、ポール・ヴィリリオは「速度の進歩が民主主義を通して人間に幸福を与えるという考え方は、まだ速度が相対的なものにとどまっていた一九世紀の幻想であり、望んだ瞬間にそれが手に入ってしまうという『絶対速度』を手に入れた現在においては、もはや速度は権力としてしか現れえない」と語っています。
 人間の思考速度はほとんど変わっていないにもかかわらず、物や情報の流れる速度はこの百年で何千倍にもあがっています。そんな圧倒的な高速は我々の思考能力を奪い、そこに全体主義を割り当ててしまう可能性がある、とヴィリリオは警告しているのです。
 たとえば一九二〇年代にイタリアで起こった芸術運動「未来派」は機械化によって実現された近代社会のスピードを称え、速度を徹底的に賛美しましたが、やがて全体主義に感化されファシズム運動と結びつきました(シュタイナーのバイオ・ダイナミック農法もナチズムに反発しながらも一時接近していた歴史があります)。
 速度を正義・美とする意識は現在もわたしたちの世界を覆っています(蛇足ですが、現在はスローライフ派の坂本龍一も一九八六年に「イタリア未来派」をテーマにしたアルバムを製作しています。そのライナーノーツで世界中の人種の中で一番遅いテンポを刻めるのは日本人だろうと記述しています)。一九八〇年代半ば、「反・速度」ともいえるスローフード運動がおなじイタリアから起こったことにはなにか必然的な理由があるのかもしれません。
 地球という限定された空間で生活する以上、今日我々の前に立ちはだかっているのは環境問題です。便利さや快適さをより加速させていく生活は、無尽蔵なエネルギー資源や決して汚染されることのない環境といった幻想のなかでしか成立しえないものでしょう。速度にはエネルギーが必要であり、必然的に環境に影響を与えます。「時間(速度)」と「空間(環境)」は相互に影響を与えあうわけです。
 偶然にも、食科学大学の学生たちがポー川の汚染状況を知るためにその流域にそって自転車で旅しているところに合流することができました。イタリアの若い世代の間では、環境問題はよりダイナミックなものとして意識されていると感じさせられました。

Author 事務局 : 2007年12月01日 12:27

 
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