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2014年07月01日

【AQUA267号】北海道マイペース酪農と、佐久総合病院の取組みが示唆するもの

北海道マイペース酪農と、佐久総合病院の取組みが示唆するもの
〜適正規模農業と、生涯現役で働ける地域複合社会を目指して〜
BMW技術協会 常任理事 石澤 直士(株式会社ゼンケイ 代表取締役)

 マイペース酪農(※注1)と聞いて、耳にしたことのあるという方も多いのではないだろうか。ただ、その中身や考え方をきちんと把握されている方は、どのくらいいるだろうか。また、なぜ佐久総合病院とマイペース酪農なのかと思われた方も多いのではないだろうか。
 現在、日本の産業構造は限りなく専業・分業化されている。農業も単一作物化が進んでいる。この実態を踏まえたうえで考えると、従来から一貫して、有畜複合農業が日本には一番適していると主張してきたが、現実は、先に述べたとおりの状況であり、実態に沿って考える必要があると感じていた。
 そこで出会ったのが、北海道のマイペース酪農と長野県の佐久総合病院の取組みである。
 四月〜五月の間に、マイペース酪農の現場と、佐久総合病院を訪問する機会を得たので、この二つの取組みから見えてくる地域社会や農業のあり方について、述べてみたい。
 はじめに、マイペース酪農をひと言で言い表すのは困難だが、北海道根釧地域の風土に合わせた背伸びをしない家族経営に取組んでいる中標津町の三友盛行さん(当協会会員「根釧みどりの会」会員)を中心とした方々の取り組みである。特に北海道の農業は規模も生産量も生産額も全ての農業分野で国内では抜きんでており、単一作物(もちろん輪作体系はとられています)の傾向は顕著だ。中でも酪農は、大規模化が進んでおり(これは北海道に限ったことではないが)、国内生乳生産量の九割をまかなっているので、北海道は、酪農王国と言われている。国内酪農が危機に瀕している中で北海道だけは生き残るであろうと言われている。ただ、その実態を見ると決して盤石ではなく、とても脆弱な基盤で成り立っている。このような事を述べるとヒンシュクを買うかと思うが、ある時突然牛乳が飲めなくなる日がやってこないとも限らない。ところが、TPPが来ても生き残り、突然牛乳が飲めない日が来ないとほぼ確信させる酪農家が北海道に年々その数を増やしつつある。それがマイペース酪農だ。
 片や、佐久総合病院は、長野県佐久市にある医療機関で、皆様ご承知の通り平均寿命が日本一の長野県の中でも佐久市は、男女ともに全国市町村の上位二〇位に入っており、特に女性は長野県でも第一位としてリードしている。中でも特筆すべきなのは、かつて東の沢内村(現岩手県和賀郡西和賀村)西の八千穂村(現長野県南佐久郡佐久穂町)と言われていたほど短命な地域だった両地域が今では両地域共に長寿の地域になっているのだが、八千穂村の長寿化の原動力になったのが佐久総合病院を中心とした、全村あげての健康管理だ。しかし、長寿の要因について今回お話をお聞きした同病院の座光寺正裕先生(TEDxSaku(※注2)YouTubeに座光寺先生のスピーチが紹介されている)によると、ほかにも多くの要因があるが、高齢者で仕事をしている人の数(主に農業)が全国で一番だということが、とても大きな要因の一つではないかとお話されている。
 今回偶然にも同じ時期に、この二つの地域を実際に見てお話をお聞きして、これからの地域社会のあり方や農業のあり方が、個別、単純な取組み等の要因だけではなく、様々な要因が複合的に組み合わさって成り立っていくことが重要であることを再認識した。BMW技術協会が従来から進めてきた取り組みには、その事があまりにも当たり前に含まれていたことと、協会は技術者集団であることから、それをトータルに考えることは、政治として語られ、個々がそれぞれに取り組むものと考えて来たのではないのだろうか。
 しいて言えば、北から南まで気候や植生が違うために、もちろん人の考え方も違い、共通項は技術だけで、それさえも皆個々にその地域々々で取り組むことであるとして来たのではないだろうか。ところが、そこが違うのだと、今回考えさせられアクアに書かせていただくことにした。

酪農家、大学、研究者、獣医師、消費者ら  関係者二〇〇人が集った酪農交流会
 まず、四月二八日、マイペース酪農交流会が別海町で開催されたが、釧路市の宿泊先から会場に向かう途中、マイペース酪農に取組む「根釧みどりの会」の会長を務める石澤元勝さんが経営する石澤牧場を見学した。BMW飲水改善プラントがミルククーラーの壁一つ隔て、牛の見える所に大切におかれている。牛舎にはいくらか体調の悪い牛が一頭いるだけで、他は放牧場で草を食べている。ここは広さ五〇haに五〇頭の牛がいて、近々娘さん夫婦があとを継ぐことになっている。牛がカメラの前で愛きょうを振りまいているように見えた。
 別海町での酪農交流会は、毎年この時期に開催されるそうだ。今回の参加者は、マイペース酪農のご家族とその取り組みに賛同される消費者の方々や、これからマイペース酪農に取り組もうとされている学生を始めとした若い方々そして、その取り組みを研究されている学者・研究者の方々で、総勢二〇〇人近くが参加した。
 交流会では、マイペース酪農に関わった方々の多くの体験談や、大学や研究者による多角的な調査・研究発表が行われ、お昼には、会員の奥様方手作りのチーズやケーキ等牛乳加工品やその地域で採れた山菜や野菜を中心とした手料理や、手作りパンで各グループに分かれて食事会。そして、昼食後は、「草地更新」をテーマに、参加者各人がそれぞれの思いを述べる。ただし、時間がくると容赦なくチンとベルがなる。この方式が中々普及しないことや、多くの課題が、楽しく議論された。さらに会場を移して、熱い議論は、夜まで続いた。
 この様な会議では、どちらかと言うと熱い思いだけが優先されるのが通常なのだが、この交流会では、規模拡大型酪農経営とマイペース酪農との経営比較等、ありとあらゆる数字が出てくるのが特徴的だ。しかも、非常に合理的で土地と牛と資本金さえあれば、やってみたい衝動に駆られる。当然のように若い方々が、その魅力に取りつかれるのは自然の理である。ところが三友さんに言わせれば、現在、慣行的酪農をやられている方々が、これからマイペース酪農に取り組んでも大丈夫だという。今から牛を揃えたり、土地を購入するということになると、最低五千万円の資金が必要で、それこそ大変だとおっしゃっている。それよりは、現在酪農をやられている方々が取り組んだ方が確実なのだが、もちろん現状をきちんと把握して、三友さんの言うとおりにやればという前提がある。

売り上げは半分で、所得は平均的な
酪農と変わらないマイペース酪農
 マイペース酪農と、ある農協の平均的な酪農との比較では、平均的な酪農は、草地も少し多いが、頭数は倍近い、当然乳量も売り上げも倍になる。片や、マイペース酪農は、半分以下の乳量で売り上げも当然半分以下だが、支出は三分の一で所得はほぼ同じ、ところが、資金返済後の所得いわゆる本当に使えるお金は上回る。(表参照)また、共済金からの収入は、平均的な所得率の低い酪農の方々が多くもらっている。一方、所得率の高いマイペース酪農の方々の共済金の収入は低い。ところが、収入の多い方々は掛け金も高い、低い方々は掛け金も低い。どうしてこのようになるのだろうか。年々共済金の掛け金は高くなる一方だ。実は、日本の多くの農家が行き詰る要因が、身の丈に合わない規模拡大により、結果、借金を返せなくなることだ。これを、マイペース酪農の方々は全く逆の身の丈に合った農業をやっている。特に大切なのは、他の畜産では難しいことだが、費用の大半を占める飼料代金が四分の一以下なのだ。

清流に育つ『梅花藻』が
水源地から七キロで見えなくなる
 翌日は、別海町で獣医を務める高橋昭夫さんのご案内で、別海町の水源地を見るために、標茶町の西別川の支流コントナイ川の源流に向かった。西別岳の麓に位置する標茶町は豊富な湧水がある。別海町はそこに数か所の水源地を持っているが、そのうちの一か所を訪ね、まだ冬季閉鎖で通行止めになっている道路を歩いていくと、白樺やブナ等の原生林に囲まれた水源地が見えてくる。そこにはまだ雪が残っているが、清流にしか育たない『梅花藻』が水になびいている。水源の源流を見ようと奥へと足を進めたがそこはコンクリートで厳重に覆われているため、少し拍子抜けしたが、早速、味見をしたところ、とても柔らかい優しい水だ。前日に宿泊した別海町の温泉も水も美味しい理由が良くわかった。
 そこから下流へ下っていくと西別川の中流まで行く手前、水源から約七キロ地点で、『梅花藻』は見えなくなっている。別海町に入るとまるで別の川になっている。途中高橋さんのご案内で適切ではない糞尿の取扱いで耕された畑や、TMRセンター(※注3)のサイレージの廃液貯留槽等を見せていただくが、なぜ『梅花藻』が消えていくのか、とてもわかりやすい。
 そこを後にして、規模の大きな酪農経営を見せていただいた。フンは柔らかく、足元は硫酸銅で青く染まっている。
 最後に三友さんの農場を案内していただいた。まずは放牧場に行くと、去年の牛の糞があちらこちらに点在している。糞をひっくり返してみると、そこには放線菌が繁殖している。そして鼻を糞にくっつくまで近づけても臭いがない。放牧地を一周したが、先程まで歩いた他の慣行的な酪農の放牧地とは、まったく別の感触だ。聞けば、四〇年間、まったく草地更新していないそうだ。とにかく、ふかふかしている。放牧場から、牛舎に向かう途中、牛糞が一面に広げられている堆肥場を通ったが、通常であれば長靴を履かないと、歩けない状態になっている場合が多いのだが、革靴でも問題ない固さだ。牛舎に入って納得。ものすごい量の牧草である。育成牛から子牛まで全て豊富な牧草の中にいる。とても合理的な仕組みである。牛舎には、BM飲水改善施設が設置されている。

生きがいとしての農業とホームドクター
 制度が、医療費削減と長寿日本一を促す
 TEDxSakuが五月一一日に佐久市で開催され、その翌日に日本経済新聞に小さな記事が掲載された。長野県が平均寿命日本一になったのは生活習慣に有るとして、農業から医療、そしてITまでの幅広い分野で、多くの人々に訴えたそうだ。中でも座光寺先生のお話に興味をそそられ、早速問い合わせた所、一七日に佐久総合病院のお祭りが有るのでどうぞということで、お話をうかがいに行った。佐久総合病院の名前と若月俊一先生のお名前だけは聞いたことが有るが、どの様な事をやられているのか恥ずかしながら何の知識もなく向かった。ただ、長生きの秘訣はということと、農業とがどの様に結びつくのかということの二つを若いお医者さんからお聞きしたい一心だった。
 病院にいって驚いたのは人口一〇万人の佐久市にある病院に二〇〇人の医師がいて、しかもとても若い方々ばかりでした。目をキラキラさせて将来の夢や今の仕事に対するやりがいを、座光寺先生の上司の方と、つい先日まで途上国に医療支援に行かれていたという方から聞くことが出来た。プライマリ・ヘルス・ケア(全ての人々に健康を)という言葉は聞いたことが有るのではないだろうか。ただ、この取り組みの日本の若手医師の研修の場が佐久総合病院であるということを私は知らなかった。
 プライマリ・ヘルス・ケアで、特に重要なことは、①住民の要望に応じた方策、②地域資源の有効活用、③住民が参加すること、④全ての分野(農業・教育・通信・建設・水等々)との協調、統合――以上のことに取組むために、活動項目が挙げられているが今回は割愛する。
 座光寺先生は、今から七〇年前に若月先生が八千穂村で取り組んできたことにすべて起因し、結果として安い医療費の実現と平均寿命日本一の要因は、孫・子のために生きがいとしての農業をやり続けることと、ホームドクター制度により、畳の上で死ねることが、とても大切な要因であると言われていた。
 この二カ所の取り組みが実は、とても関連が有ると強引に持っていくつもりはないが、夢も希望もないお金だけがすべての価値観の中で、この先地方で生きていく価値観が見いだせない方、もちろん都会にいても見いだせない方々が大勢いて、毎年日本では三万人に近い人々が自殺するという現象が続いている。
 特に畜産の明日は見えないのではないかという現状を、今一度適正規模と、風土と自然と寄り添い生きていく北海道の三友さんらの取り組み、そして、死ぬまで現役で働き、地域での生きがいとやりがいを見出し、人間としての尊厳を認められ畳の上で大往生する長野県佐久市の取り組み――この二つの取組みが示唆している地域の自然や風土を基盤とした経済と福祉が複合的に組み合わさった地域社会づくりが全国で動き出した時、日本は世界で最も住みよい国になるのではないだろうか。

※注1…マイペース酪農
 土地に根差した本来あるべき姿の農業をめざし、よその土地からの依存をできる限り減らし、自家生産牧草に依存した酪農。根釧地区では、一ha当たり、牛一頭の飼育が適正規模とされている。
※注2…TEDxSaku
 広める価値あるアイディアを共有しようという目的で運営されている非営利団体。佐久の地域生活に寄り添ったアイディアを発信すると同時に、この地域を刺激するアイディアを世界から取り入れ、アイディアを通じて、この地により深い繋がりを育むきっかけを提供すること、また、様々なアイディアに触れることで、より広い世界に目を向け、世界の中の佐久、七〇億人の中の一人を実感するきっかけを提供することを目的としている。
※注3…TMRセンター
 粗飼料と濃厚飼料を適切な割合で混合し、乳牛の養分要求量に合うように調整した飼料(TMR:Total Mixed Rations)を地域の酪農家に供給する組織。

Author 事務局 : 2014年07月01日 08:30

 
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