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『森が消えれば海も死ぬ~陸と海を結ぶ生態学』

『森が消えれば海も死ぬ~陸と海を結ぶ生態学』
  松永勝彦(元北海道大学教授、現四日市大学特任教授)著 講談社ブルーバックス 1993年

昔から漁民たちは、魚介類を増やすためには湖岸、川辺、海岸の森林を守る事が大切なことをよく知っていた。魚を集めるということで、この森の事を魚つき林という。森の栄養分が海の生物を育てるのである。


 巻頭に登場するこの文章の深い意味が、本書を読み進むにつれて次第に明らかになってくる。水産学部で教鞭をとり、船酔いに耐えつつ学生を指導する研究者である松永氏は、魚つき林の謎を解明するために、「陸と海を結びつける科学」をつくってきたという。この陸と海を結ぶ科学の縦糸は頻繁な海への野外調査であり、横糸は採取した水の地道な分析作業である。

 本書に登場する松永氏の野外調査活動は、南洋のマングローブ林にはじまり、日本海北部の磯焼けした岩場、北海道えりも岬のこんぶ漁場周辺、ロシア沿海州、そして陸から遠く離れた、北太平洋一帯の広大な海域に及んでいる。採集された海水を持ち帰り、独自の微量元素分析によって「フルボ酸鉄」という物質を発見した。これが魚つき林を理解する鍵になった、と松永氏は述べる。

 フルボ酸とは、いわゆる腐植物質の一部である。その定義を調べてみると「植物などが微生物により分解された最終生成物である腐植質のうち、酸によって沈殿しない無定形高分子物質。土壌からアルカリで抽出される。精製の困難さのため、フミン酸に比べて研究は少ない」。フルボ酸は水に溶けるので、それが鉄と結合したフルボ酸鉄も水に溶けやすい。鉄はもともと海水には非常に溶けにくい元素なのだが、フルボ酸鉄は水に溶け、かつ生物が吸収しやすい化学形態を維持する。そしてフルボ酸鉄が海に流れ込み、プランクトンを育てる材料となるためには、どうしても腐植のもとである陸の森林が、海に接して存在する必要がある。これが魚つき林の正体、というわけだ。

 松永氏はさらに語る。「私は、できるかぎり海に出て現場を見るよう努めているが、毎日海に出ている漁師のかたに教わることは数多い。私が頭で考えていることと、肌で漁師がつかんだ感覚とが一致しているか、否か、これなくして自然を解明することは困難である。それほど、漁師の体験と直感は私にとって自然界の難問を解く重要なカギとなっている。」

 宮城県気仙沼湾の漁師・畠山重篤氏による、海を豊かにするための過去一七年間に及ぶ陸の植樹活動は、このような漁師の直感によって始められた。畠山氏はその活動のなかで北大に松永氏を訪ね、氏の研究を知ることで、自らの直感の正しさを確信したという。「陸と海を結びつける科学」がつくりあげた織物に触れることで、漁師の感覚は確信となり、活動はさらに広がっていった。先見的かつ地道な研究の積み重ねによってこそ、強い普遍性のある結果が得られるということなのだろう。同じ研究者として、学ぶところが多い本である。

名古屋大学環境学研究科教員 奥地拓生

Author 事務局: 2007年04月05日 11:12

 
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