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『デンマルク国の話』

『デンマルク国の話』 併載『後世への最大遺物』
 内村鑑三 著 岩波文庫(青119-4)

言論界の寵児であり外務省のラスプーチンと呼ばれる佐藤優の特異さについて、批評家の柄谷行人は「国際政治の現場の経験者、マルクスの思想に詳しく、キリスト教徒である」と指摘しているが、百年ほど前の言論界で重きをなした内村鑑三は「水産・農学に通じたキリスト者」であった。両者は熱信なる愛国者(国士)の点でも共通している。

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 明治44年、内村が51歳のときの講演記録が『デンマルク国の話』であるが、岩波文庫で16頁の短い話であり専門的内容でないから、是非ご一読をおすすめしたい。
 小国デンマークがドイツとの戦争に敗れてさらに狭くて荒廃した国土に追い込まれたとき、憤然として一工兵士官が立ち上がり、広大な荒野を良田沃野に変えるべく、灌漑と植林につとめ、工夫を重ねた挙句にその夢を実現し、世界に冠たる富国の小国に至ったという概要である。まるで「講談の一席」を聞く趣きがあって簡明痛快。
 真の国力はその国が敗れた時にこそ試され、その力は精神力・信仰の力に発する、という宗教的教訓話のように受け止められるし、森林(植樹)→環境改善→農業復興→国力増進という農業循環論として読んでもいい。それこそBM技術協会会員にはうってつけの良書だろう。二宮尊徳の実行力を評して「他人に頼らずとも、我々が神(自然)に頼り己に頼って宇宙の法則に従えば、この世界を上手に経営できる」実例だという内村の面目躍如、といえる話なのではないだろうか。
 とはいえ、私は内村の著作数冊を読んだだけであり、キリスト教思想史についても門外漢なので、内容的に踏み込む素養はない。したがってこの講演の時代的背景についてのみ一言する。明治四四年の正月にはかつての盟友の幸徳秋水たち12名が大逆事件で殺されている。前年には日韓併合があり、さらにその前年には伊藤博文が安重根に狙撃されている。幸徳たちと非戦論を掲げた日露戦争から僅か六年、銃に換えて鍬をもって平和で豊かな国を作ったデンマークこそ、非戦論の延長に位置する理想の姿であったろう。しかし、勝手読みをすれば、その理想の姿を一番念願していたのは日本と日本人ではなく、植民地化された朝鮮と朝鮮人だったのではないか? 国敗れた国民は何をなすべきか、そして勝利した国民は何をめざすべきか、唇寒い冬の時代の中で、内村はデンマークを範にして、遠回しながら大日本帝国を痛烈に批判しようとした、と私には感じられてならない。
 この講演に併載されている『後世への最大遺物』の中には「真面目に高尚なる生涯を送ること」が最高の人生規範だという言葉がある。その独立の精神は、どこか孤立の色を帯びている。佐藤優の三つの資質について、柄谷はそれぞれにこの国では少数派だと言っている。思想はその本性からしていつの世も孤立の影を落としている、のかな。

評者 高瀬 幸途(太田出版)

Author 事務局: 2007年05月29日 16:05

 
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