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『石油もう一つの危機』

「石油もう一つの危機」
石井 彰 著 (日経BP社)

評者 長崎 浩(BM技術協会 顧問)

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 石油の高騰が続いている。もとの水準に戻ることはないだろう。こうした中で、読み応えのある石油問題診断書を読んだ。本書の著者によれば、事態はピークオイル論が主張するような原油の供給遮断によるものではない。生産量は落ちていないし、需給は逼迫していない。先進国には備蓄が数年分あり在庫はだぶついている。イランによる供給遮断説も根拠薄弱であり、OPECの余剰生産能力も不足していない。少なくとも二〇一五年、多分三〇年までは石油の生産能力は増加するだろうと著者は見ている。
 にもかかわらず、石油は現に値上がりを続けている。理由は原油先物が投機対象に、しかも従来と異なって一般の機関投資家のいわば素人投資資金が大量に流入しているからだ。むろんこれまでも、市場経済の原理が石油を商品として流通させてきたのだが、石油市場は今や需給関係という経済実体を超出してしまっている。金融商品化であり超市場商品である。これは全く新しい現象だと著者は指摘している。
 原油供給の遮断から石油危機が起きる。本書の著者はこういう単純なピークオイル論を批判しているが、事態を楽観視しているのではない。石油市場にたしかに「構造的な地殻変動」が進行している。原油が超市場商品と化したのは一時的現象ではない。
①石油の比重低下
 石油は現在六割が輸送と石化原料に使われており、かつて「産業の米」「経済の血液」といわれた地位を天然ガスに譲っている。その結果、中東原油のような重油から、ガソリン軽油など白物に需要がシフトしている。この「白物革命」に従来の石油精製施設が追いつけないでいる。
②生産中心が政治の不安定地域へシフト
 OPECの生産量シェアが低下し、メジャーの比重も一二%に減少している。代わって、政治的に不安定な国の国有石油会社が新メジャーとして登場している。生産中心も中東以外に、西アフリカなどにシフト。
③消費中心の移動
 先進工業国OECDから消費中心が低開発国へシフトしており、これらの国では国営企業が価格統制しがちである。
④マンパワーの払底
 石油危機、資源枯渇、オイルピーク論などの影響で、石油は今や斜陽産業となり、人気低落している。新しい人材投入と将来の技術開発が不安である。
⑤石油コミュニティーの変貌
 従来の石油企業と石油エコノミストの専門家集団に、素人投資家が大量に流入するようになった。加えて、国営企業による石油価格統制が予期せぬ外乱をもたらす。たとえば、ベネズエラのチャベス政権による国営石油公社からのマンパワーの追放。
⑥環境問題が石油開発投資を妨げている
 以上を要するに、石油が市況商品化することにより市場論理が破綻しているだけではない。国営の価格統制が市場を歪めている。石油はいまや市況商品かつ政治商品へと変貌している。著者は結論的に言っている。「石油の確認可採埋蔵量の四分の三以上、石油生産量の約七割が国営石油会社によってコントロールされている。価格が上がることは結果的に増産投資が進まなくなり、生産能力はむしろ頭打ちになりかねない。同時に需要側、消費国側は、いよいよ石油には頼れないという確信が深まり、石油離れを無理にでも政策的に進めるだろう。」つまり、「石油時代の終わりの始まり」である。オイルピーク論が力をえてマンパワーが集まらず、開発の体力が低下の一方である。「石油市場から見れば最も畏れるべき悪循環の始まり」。
 石器時代は石が枯渇したから終わったのではない。

Author 事務局: 2008年02月01日 13:07

 
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