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『建築がみる夢』

『建築がみる夢』(講談社)
『笑う住宅』 (ちくま文庫)
石山修武 著

評者 高瀬 幸途 (太田出版)

 この夏の終わりに、世界遺産の五箇山を見学する機会があった。合掌作りの茅葺き屋根は見覚えがあったけれど、ガイドの説明を聞いて驚くことが少なくなかった。一番驚いたのは、あの大きな合掌作りは住居であるとともに工場であり、江戸中期頃に誕生した建築物だということ。伝統的村落の一奇観というべき五箇山が、養蚕と紙漉という家内事業(経済)の産物であり、国内商品流通に先導されたものだったとは。しかも、大家族ではなく、三世代同居の家屋なのであって、米作りの集落ではなかったが故の発明品だとは。
 百聞は一見に如かず。「伝統」とか「遺産」の背後でことを定めている経済(建築)の合理性への注視を常に忘れないこと!
 山梨県白州町横手周辺では新築の民家を見ると、××ホームなどによるプレハブ住宅と地元の大工による瓦葺き切妻式家屋が混在しているが、都会ではプレハブ住宅が圧倒的だ。二〇年前から、このプレハブを「ショートケーキ感覚」だといって批判し、「秋葉原感覚で住宅を作ろう」と提言実行してきた建築家が石山さんだ。
 建築家とはほとんど付き合いがないし、建築についての素養もない私が石山さんの著作を推薦するのはおこがましいが、これは見果てぬ夢のようなものだけれど、白州町横手に小屋を建ててみたいと思っていて、さてどんな小屋にしたいかとあれこれ探っていてぶつかったのが、日本建築界を代表する鬼才と呼ばれるこの人なのだ。石山さんの著作を何冊も読んで驚嘆することの連続で、ついには早大理工学部の研究室(石山さんは教授もやっている)を訪ねることになり、ついでといっては失礼だが、季刊『at』への原稿執筆もお願いしてしまった。(その原稿が『at』一三号に載っている)。
 光栄なことに、初対面の私を「押し込み強盗」だと呼んでくれたのだが、お話を聞いてますます引き込まれてしまった。「工業化社会の余剰な生産力の典型としての様々な工業化製品を住宅用品として転用しながら、工業化時代の小屋づくりをめざす」ロビン・フッドの建築家だと二〇数年前に書いた石山さんは、この夏、「全ての都市の建築、都市住宅の屋根に畑を作った方がいい。少なくともそれを目指すべきだ。全ての建築はエネルギー供給体になり得るし、又同時に食物を作る場にもなり得る。都市は消費の自動装置である現実を脱け出る必要がある」と宣言し、建築中の自宅を世田谷村と自称して野菜を作っている。そんな強烈な建築家が目下日本各地で展開しているのが、農村ネットワーク計画なのだ。その概要は『建築がみる夢』で紹介されているが、ウェブサイト上にある石山修武研究室にはより詳しい報告があるので、是非お訪ねになってほしい。ついでに、現在進行中の一二の建築設計プロジェクトの奇想天外かつ未来を切り開く展望をご覧になっていただきたい。
 端的にいって、石山さんの設計する小住宅は安いのだ。徹底的に住民の立場から経済合理性を貫く。資本主義の成果を利用・転用しまくれ、といって、実行してしまう凄い建築家なのだ。拍手。
 とはいえ、施主から石を投げつけられたことがある建築家という噂を聞くと、横手の私の小屋の設計をいつ頼みにいくのか、一日延ばしのためらいの中にいる私なのですが。

Author 事務局: 2008年11月01日 17:09

 
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