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『正社員が没落する―「貧困スパイラル」を止めろ!』

『正社員が没落する―「貧困スパイラル」を止めろ!』
 堤 未果/湯浅 誠 著(角川oneテーマ21)

評者 岡田哲郎 (NPO支援センターちば)

湯浅氏は、派遣切りにあい派遣村にたどりついた人たちは、職もなく住居もなく就職活動さえままならず結果として低賃金・不安定就労から逃れられず「NOと言えない労働者」であると言っています。こうした労働者が増えれば、安い労働者を使う企業ほど儲かり、労働者を大事にする企業は競争で敗れ去ることになり、悪貨が良貨を駆逐し労働市場が壊れ貧困が増え、労働環境も全体として地盤沈下していると指摘し、この悪循環を「貧困のスパイラル」と規定し、非正規労働者の下支えと雇用条件の地盤沈下によって中間層も過労死するほど働かざるをえない状況や貧困スレスレのラインでなんとか生活している人たちが生まれ、こうした人たちがいまや一億人に上るだろうと看過しています。
一方、堤氏はアメリカにあってもいまや医師や教師といった社会的にも経済的にも安定していたはずのエリート層が次々に貧困層へと転落していると言っています。この問題の根っこにあるものは、すべてを競争原理に基づく市場経済にゆだねたシステムにあると指摘し、医療や教育といった生活の根幹に関わる部分が民営化され、競争にさらされることによって、効率化の名のもとにサービスの質が下がるとともに、競争になじまないものは切り捨てられ(たとえば、大学を卒業しても奨学金返済に追われ、支払いが追い付かない現状など)、競争に勝って極端に利益を上げている保険会社や金融機関など、一部の大企業によって牛耳られ、貧困に足を絡めとられて抜け出せない現状を報告しています。
また、湯浅氏は「『貧困』とは、単に金銭的に貧しいことだけを意味するものではない。たとえ経済的に困窮しても、かつてならば家族や親戚、地域社会などが受け皿となって新たな職場を紹介してくれたり、家業を手伝いながら今後を考えることも可能だった。いまの『貧困』は、違う。所得が低いばかりではなく、頼れる人もおらず、そこから抜け出る足がかりさえもない、すなわち明日の見通しがまったく立たない状態なのである。それは単なる経済問題ではなく、この国を支えてきた土台が、砂のように崩れ始めている」とし、私たちの生活を重層的に守ってくれるはずのセーフティネットがほとんど機能せず、簡単に貧困に堕ちていくいまの日本社会の構造を「すべり台社会」とも指摘しています。
さらに、失業や病気をしても、失業保険、健康保険や年金によって生活を維持できるのが「社会保険のセーフティネット」であり、それがかなわぬ時、生活保護を受けることで生活を維持する「公的扶助のセーフティネット」が準備されているが、日本ではそのどれもが十分に機能せず、結果として「まじめに働いてさえいれば、食べていける」社会が消失し、各種保険料が払えずに医療などが受けられなかったり、住居を持つことができない層が増え、最後の砦ともいうべき生活保護もそのマイナスイメージや、自治体の窓口で追い返すいわゆる「水際作戦」によって、実際に必要な人の一五~二〇%程度しか受けていないのが実態としています。 一度、足を踏み外したら個人ではどうしようもない巨大なシステムに飲み込まれ、一気に貧困に堕ちていってしまう「すべり台社会」の構造が指摘されています。
このスパイラルを自覚せず、中間層は、貧困層がたくさんいるから自分たちの条件が悪くなると思い、はじかれたほうは、中間層のあいつらが取りすぎているから俺らに回ってこないと思い、「作られた対立」でいがみ合ってしまっています。気がつけば、貧困層がまた増えてしまいます。貧困の拡大をいま止めなければ、大多数の中間層は次々に貧困層へと堕ちて行きます。この事態を断ち切るために誰かが「NO」ということが必要だと言っています。
堤氏は、「今、アメリカでは、消費者運動より不買運動が盛んです。(中略)今、不買運動は、『市場のデモクラシー』と呼ばれています」とし、労働市場デモクラシーの中で、一番大きいのが不買運動です。「貧困の人たちをどう救おう」ではなくて、「NO」と言える人たちのネットワークについてみんなで考えようと言っています。
堤.湯浅両氏は、もはや市民、弁護士、メディアなど各界各層の誰も貧困を他人事では片付けられない段階に来ているとし、特定の政党やイデオロギーに縛られずに緩やかな組織で既成の法や枠組みをうまく活用して、柔軟に着実に戦い、できることから行動することだと言い、この著作の結論は、「貧困スパイラル」を止める!ためには、「市場にデモクラシーを取り戻せ!――『NO』と言える労働者へ」と呼びかけています。

Author 事務局: 2009年06月01日 01:38

 
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