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『土の絵本』


『土の絵本』(1~5巻)日本土壌肥料学会編(農山漁村文化協会)

評者 奥地 拓生 (岡山大学 地球物質科学研究センター准教授)


 いつもの書き出しで恐縮であるが、地球は「水の惑星」である。しかしいまや月や火星にも水があることがわかってきており、水は地球だけの特徴とはいえなくなってきている。そこでさらに、大陸、プレート、生命がまとめて存在することが、地球にユニークな特徴であることを以前に述べた。今回の書評ではこの視点を少し変えてみたい。以上の4つの存在の全てが材料として必要であり、そのために地球だけにしか存在していない、とても大事なものがある。それは土壌である。
 土とは何かをBM技術協会の皆様に改めて述べるのは僭越極まりないのだが、本書によって、土を科学者(土壌肥料学者)がどのような言葉、どのような概念をもとに理解しているかを詳しく知ることができる。本書は子供向きに書かれた絵本であるが、そのような興味にも充分に答えられるように、コンパクトかつ緻密に編集されている。写真・イラストをもとに各巻が36ページにまとめられており、子どもはもちろん、大人にもとてもわかりやすい内容である。各巻の最後には、更なる理解のための文章による解説がつけられている。
 土の材料をばらして、その成分をひとつひとつ調べた記述が1~2巻でなされる。1巻「土とあそぼう」では土をつくる鉱物、有機物のことがわかる。土壌中の各種の鉱物のきれいな顕微鏡写真がたくさん掲載されている。2巻「土のなかの生きものたち」では微生物や菌類から、ミミズ、昆虫まで、土の中の多様な生物のことがわかる。土中に生きる生物の種類は実に多様であり、それは土ごとに個性のある生態系なのだ。
 以上の成分がそれぞれの働きを持ちつつ組みあわさったものが土壌であり、その全体としての働きや性質、さらにはその個性が3~5巻で述べられている。3巻「作物を育てる土」では農業のための土壌のことが詳しく説明されている。生産者の皆様にはあたりまえの内容かもしれないが、1~2巻と同じ言葉で記述がされているので、科学用語と農業用語との対応がわかりやすくなっている。また肥料のこと、各種のミネラルのこと、有機農業のことなどが手際よくまとめられている。4巻「土がつくる風景」では、まず土の歴史が2ページ見開きにまとめられた後、地上植物や人間と土壌との関係が述べられる。照葉樹林、ブナ林、畑、水田などの、地上生態系と結びついた土壌の状態が解説され、また様々な日本の土壌、世界の土壌の種類が述べられている。5巻「土と環境」では、土壌が地球環境の維持に果たしている重要かつ複雑な役割がまとめられている。
 さて、それでは科学者の理解する土とはどのようなものなのか。土をつくる材料は、鉱物、空気、水、菌類、植物の残骸、動物など、実に多様である。そしてそこには常に物質の出入りがある。入ってくるものは水と生物の死骸で、使われるために出てゆくものは水、有機物とミネラルである。土は陸上での物質循環の要として、生物が使い終わった資材をまた生物が使える状態に戻すことが常に行われている場所である。この循環が健全であれば、土は無限の時間にわたって生命を育み続けることができる。複雑な集まりが単純で頑丈で安定な役割を果たしており、その単純、頑丈、安定はまさに複雑さによってもたらされている。そのような土はどのようにしてできたのだろうか。4億年の昔に、生物が海から陸に上がったときに、地球に土がつくられはじめた。つまり陸上植物は自分で自分の環境をつくりだしたといえる。そこに多様な陸上生物が進化して合流してきた。4巻の最初の「土の歴史」のところに、この事実がよくわかる素晴らしいイラストがある。科学者の理解する「土」とは、惑星としての地球に備わった、生命の豊かさの礎である。地球とはつまり「土の惑星」なのだ。

Author 事務局: 2010年05月01日 11:11

 
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