« 「ウンコに学べ!」 | メイン | 「おいしい『日本』を食べる」 »

『光合成とはなにか』

生命システムを支える力

園池 公毅 著 (講談社ブルーバックス)


 自然科学の言葉で光合成をひととおり解説している一般向けの本をずっと探していて、この本にたどりついた。小さいが読み応えがあり、やや重たい内容であるが、BM技術協会の活動の今後のために紹介をしておきたい。
 まず前書きから本書の紹介の一部を引用する。「この本は、光合成など小学校で習うことだと思っている方々に、光合成の研究をしている研究者が今何を面白いと思って研究しているのか、どのような新しい発見があるのか、といった点を知ってもらうことが一つの目的となっています。光合成は単純でわかりきったものではないぞ、ということをお話ししようというわけです。」
 光合成ははるか昔から研究されてきているテーマであるが、小学校で習ったぐらいなので研究は終わっているのでは、という一般の理解とは異なり、いまだにわかっていないことだらけである(らしい)。それはこの複雑な現象をどのようにわかろうとするか、という視点が、研究者の側で整理しきれていないことも理由の一つであろう。本書の著者の視点は、ありとあらゆる角度から光合成の本質を眺めてみれば、それだけ理解が進むのではないかということである。そのためにこの小さな本の中に11の章が設けられている。もちろん主役は分子生物学で、分子を表す化学構造式は途中でたくさんでてくるが、そこをあえて飛ばして読んでもそれなりに面白さが味わえる構成になっている。
 1章では導入として、エネルギーとは何かが簡単に語られる。2章では生物が光合成を始めた経緯と理由が述べられている。最初に光合成を始めたのは原始的な細菌であるが、それがより大きな細胞を持つ真核生物の内部に入りこむ「共生」の現象が起きて、現在の植物の祖先が誕生した。3章では、植物が太陽光を漏らさずにうまく集める方法が解説される。そのために植物のひとひらの葉が、精密機械も顔負けの構造を持っている。また光の吸収を行う色素の分子の化学構造が解説されるが、それが散らばって葉っぱの中に存在するのではなく、様々な色素が役割を分担して互いに補強しあえるように、精密に配置されている。4章はエネルギー変換について。5章は二酸化炭素の固定について。この二つの章は化学反応が主題で、本書の中でも難しい部分なので、あとから読み返すのがよいかもしれない。微量金属元素としてのミネラルが植物の体内でどのような役割を果たしているかは、主にこの両章で述べられている。6章は水と光合成産物の植物内部での輸送について。人間でいうと血管にあたる働きが、心臓のない植物の中でどのように実現されているかが語られる。7章は光合成の効率と速度。8章は植物の環境応答。この両章を読むことで、植物がその生命を保つためにとっている数々の戦略と、光合成能力をもっと高めたスーパー植物が簡単に作れない理由がわかる。9章は光合成の研究の歴史。海のまんなかに鉄を撒けば藻類の生長が劇的に速くなる、というマーチンの鉄仮説が改めて登場する(以前紹介した、畠山重篤氏、松永勝彦氏の著書にも登場)。また今後の光合成研究の方向が予想されている。10章は光合成の概念の整理。11章は光合成と地球環境のかかわりである。
 本書の裏表紙には「植物という生き方」を知ろう、とある。いろんな知り方があるだろうが、本書によってあらゆる角度から光合成を眺めることで、地球と生命の歴史の中で、「植物という生き方」がはぐくまれることになった経緯が次第に見えてくる。地球は水の惑星、土の惑星、とこれまで書いてきたが、本書を読み終わってみて、地球は植物の惑星であることがよくわかった。岩石のことだけを考えていたのでは、地球のことは理解できないようである。

評者:奥地 拓生(岡山大学 地球物質科学研究センター准教授)

Author 事務局: 2011年01月01日 15:37

 
Copyright 2005-2007 Takumi Shudan SOLA Co.,Ltd All Rights Reserved.