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「創造的福祉社会」

「創造的福祉社会」―「成長」後の社会構想と人間・地域・価値  広井 良典 著 (ちくま新書)

評者 岡田 哲郎 (NPO支援センターちば・理事)


 「近代の終焉」とさけばれてもう30年が過ぎ、ポストモダンという言葉さえ賞味期限切れ感のある今日、私たちが生きている時代とは何なのか。経済発展至上主義が行き詰まり、新しい価値観による世界設計が明確化していない移行期的混乱であり、その状況は今も続いている。「近代」を克服しようとする動きは、しばしばポストモダニズム(脱近代思潮)と呼ばれ、多くの知識人からいろいろな未来像が提起されている。
 本書もこの範疇にあり、「定常型社会」や「創造的福祉社会」などポスト資本主義に関する著作も多い。本書も著者の一連の課題をトータルな視点からの一見対立するような「創造的」という概念と「福祉社会」あるいは「定常経済システム」が、相互に補強する関係に立つような社会ないし時代を私たちが迎えつつあるというポストモダン以後の社会への問題提起である。
 本書の構成は、第一の軸「時間/歴史軸」《私たちはどのような時代に生きているか》、第二の軸「空間軸」《グローバル化とローカル化はどのような関係にあるか》、第三の軸「原理軸」《私たちは人間と社会をどのように理解したらよいか》の三つの軸からなっている。
 第一章は「創造的定常経済システムの構想――資本主義・社会主義・エコロジーの交差とし、第一の軸を展開し、「ここ数百年続いた資本主義システムあるいは産業社会がある種の飽和ないし生産過剰に陥っている……現在の私たちが直面しているのは、人類史の中でいわば第三の定常期への移行という大きな構造変化」で、定常化の時代は「一つの大きなベクトル」や義務としての経済成長から人々が解放され、真の意味での各人の『創造性』が発揮される社会とし、時間・歴史軸で見ると「経済の拡大・成長と定常化」というプロセスを踏んで①人類誕生から狩猟・採集時代後半(心のビッグバン)、②一万年前の農耕成立から後半(枢軸時代/精神革命)、③200年前以降産業化/工業化における社会構造の変化で現在人類史の中で三度目の定常化の時代であるとする。
 第二章は「グローバル化の先のローカル化――地域からの〝離陸〟と〝着陸〟」と第二の軸の内容を展開し、時間軸に対してここは空間軸であり、生活領域とその主体者としての生活者の社会との関係性の問題である。物質的な満足から国民総幸福(「GNP」に対する「GNH」)の追求であり、「地域の豊かさとはそもそも何か」であり、①成長・拡大志向VS定常志向、②グローバル化VSローカル化、③「自立」VS再分配、④高福祉・高福祉負担VS低福祉・低負担という課題であり、定常化の時代は「各地域の風土・伝統・文化といった固有の価値や多様性に関心が向かう時代になる」市場経済の拡大とともに地域コミュニティや場所といったものから一貫して離陸してきた人々が、もう一度そうしたところに着陸していく」時代であるとする。
 第三章は「進化と福祉社会――人間性とコミュニティの進化」と第三の軸を展開する。その内容は、数百年~数千年ないし数万年単位の時代の節目における「社会に関する構想」と「人間の探究」で、人類史全体の歴史的視点と原理的な考察を行い、現在が〝第三の定常化〟状況と考察している。
 経済成長あるいは物質的生産の拡大の時代は、〝市場化・産業化・金融化〟という大きなベクトルが支配的で、生産拡大に寄与する行為や人材が「価値」あるものとされ、創造性もそうした枠組みの中で定義される。しかし現在の状況は、環境的制約や第一章で論じた〝過剰〟とそれによる貧困という点、ポジティブな内的価値や生きる根拠への人々の渇望という点など、生産への寄与や拡大・成長とは異なる次元での「(存在そのものの)価値」が求められ、定常期においてこそ人々の質的・文化的な「創造性」が多様な形で展開し、こうした価値に関する議論を社会システムの構想とつなげると、第一章の〝資本主義と社会主義とエコロジーの融合〟そして「創造的定常経済システム」と呼ぶべき社会像と重なるとしている。
 ポストモダンの定まらぬ今、著者の提起する社会像も構想段階といえ、一つの大きな問題提起であり、今後の現実化への発展を期待したいと思っている。

Author 事務局: 2011年10月01日 12:13

 
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