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『これから生協はどうなる』私にとってのパルシステム

中澤 満正 著 (社会評論社)

評者:阿部 均 (米沢郷牧場)

 本書は、1970年前後より著者が「生涯で一番情熱とエネルギーを傾注」してきた生協(パルシステム)運動の概括・総括の書であり、半生記でもある。著者は「生協の歴史と生協事業の変遷は、生活者の社会的な時代背景を根拠にしている」という。本書を読み解くことで、日本の近代化とは何か、近代化によって生じた変化は何か、それらに対し著者を始めとした異端の小さな生協がどのように異議を唱え、対案を提示してきたのかが推し量ることができる。そこには、著者が、本書に寄稿されている川西氏が評するように「世直しの運動を私心なく自分のライフワークとして腹を据えて取り組んできた」ことが行間に溢れている。
 1960年代より始まる急激な高度経済成長で環境が破壊され「食の安全」が脅かされた。それに対し危機意識をもったお母さんたちが「食の安全」を求め、70年代に全国的に地域生協を誕生させていく。その意味で、生協とは「新しい社会運動」だったのだ。日本経済は、その後バブル経済を謳歌し、バブルが崩壊、そしてグローバル化を招き入れ、世界不況を経た。そこに、昨年3月11日の東日本大震災と福島第一原発事故が覆いかぶさってきている。著者は社会変容のターニングポイントを「1970年代以後」と「2000年以降」とする。「2011年3月11日」もそれに追加されるだろうか。
 「1970年」は、地域の共同性が解体され、「2000年」では家族の崩壊(高齢化社会と格差社会の到来も)がもたらされた。「1970年」の地域社会の崩壊に対しては、共同購入から個配への業態の変更、事業連合化、課題解決型生協を対置し、パルシステムの現在の事業システムが形作られているが、著者は「2000年」の家族の崩壊には何も手が打てていないとの認識を示している。
 同じ社会的な時代背景で日本の農業はどうだったのか。農業近代化は、規模拡大・機械化、単作・専作化で、化学肥料・農薬の多投をもたらし、環境も含め「食の安全」を脅かすものとしてあった。これに対し1970年代後半には異端の生産者が異議を唱え、有機農業を対置し、産直運動に向かう。ここで生協運動との接点が生じ、軌を一にした関係性が環境保全型農業・持続可能型農業の推進等の課題を共有していく。この過程で、産直産地は、著者(生協)がいかに時代の変化を予測し、どうように対応したのかは決して無関係ではなかったかと思う。
 さて、主題の「これから生協はどうなる」である。著者は、「生協とは食の安全はもちろんのこと、時代や社会環境によって違ってくるが、一番切実でリアリティがあるもの、多くの人の共感を生む課題に取り組むもの」、「生協は『獏』のようなものである。夢を失ってしまえば『生協』は社会的な存在の意味を喪失してしまう」と言う。「流通業の太陽としての大手スーパーに対し、生協は月のようなものである」と。
 「2000年以降」は、価値観の多様性の時代とも多様性の共存する時代ともいわれる。著者は、生協運動の中で多くの商品開発に手掛け携わっているが、そこには「協同する」、「商品に関わるさまざまな人々のコミュニケーションの回路をつくっていく」、「環境や人間の労働の在り方、健康コミュニケーションなどの総体を開発する」という産直の考え方が根底にある。著者の問題意識は、そのうえで、時代の変化に対し生協のポジショニング、生協の立ち位置をはっきりさせることが再度必要だ、ということに尽きる。
 第三章「日本人の食―その文化と風土」は、前著「おいしい『日本』を食べる」の著者の食文化のベースの思想として収められているが、日本(稲作)を含む世界の食文化を概括する手軽な入門書となっている。本来であれば、背景として気候変動や政治・経済(侵略と戦争)があることは無視できないが、「世界の各地域(民族)の食文化はその風土により造られてきた」ことと、現在の日本の食文化を批判的にまとめられて興味深いものとなっている。そして、人間は食料なしに生存できないこと、農業が永続的生産を続けられる社会が絶対に必要なこと、農業は唯一資源収奪型でない永続的産業たりえることを声高に宣言する。ここに最近の自由化論議(TPP)に対する回答の一つがあるだろう。
 生協(産直も)は流通の一形態でしかないということは明らかだが、協同組合運動の原則に基づき、本書をより多くの生協運動に関わる人たちが一読し、著者のメッセージを正面から受け止められることを希求する。同時に、同時代を生きてきた産直産地の生産者の方々にも、著者の抱いてきた夢と実践、これからの生協(協同組合運動)に託すメッセージを共有していただきたい。
 「3・11」以降ますます循環型社会へ向けた取り組みが要求されている。循環型社会は夢なのか?それを夢のままにするのかどうかが今問われている。これからの生協には、著者の意に反するかもしれないが、「月」のような存在に止まらず、「新たな社会運動」の一翼を担うことを期待したい。

Author 事務局: 2012年03月01日 22:35

 
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