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「適正技術と代替社会」―インドネシアでの実践から―

田中 直 著 (岩波新書)

阿部 均(米沢郷牧場)

 本のタイトルに惹かれ、思わず手にとってしまった。二〇一一年三月一一日以降、問われ、求められているものこそ、「適正技術」と「代替社会」であろう。
 シューマッハーが『スモール・イズ・ビューティフル』(一九六五年)で提唱した「中間(適正)技術」についてずっと関心をもっていた。適正技術という言葉には二つの意味がある。一つは発展途上国の実情に応じた技術、もう一つは先進国において現在用いられているエネルギー多消費・環境破壊型の技術に対する代替技術という意味である。いわゆる先進国の巨額の資金を要しながら雇用を生み出さず、逆に伝統社会を破壊して仕事を奪う「一〇〇〇ポンド技術」と、いわゆる途上国の金はかからないが豊かさはもたらさない「一ポンド技術」に対し、それらの中間の「一〇〇ポンド技術」という言い方が象徴的である。途上国開発の文脈と近代科学技術批判の文脈があり、後者の文脈より、BMW技術もまた、すぐれた適正技術としてあるのではないか。
 第一章の後半に、適正技術の言葉の意味と概念、世界におけるこれまでの適正技術に関する経緯、活動の流れについてまとめが設けられているが、今日的な位置づけ(世界の大多数の人々に必要とされる技術)がなされ、コンパクトな入門・解説書となっている。
 震災で生じた事態に対し、復旧・復興が急務となっているが、今ある社会のかたち・消費のかたち、現状の経済や技術の体系の持続を前提に、元の状態に戻そうとする慣性力が強く働く嫌いはあるが、それらは「過渡期のショックを和らげる」という意味でしか現実的ではない。中長期的視点に立ち、資源、環境、貧困と格差など、今日の世界が多重的にかかえる困難な問題を乗り越えていくことができる「代替社会」が現実的に問われている。福島第一原子力発電所の事故後は、化石燃料消費を抑制し、原子力発電から脱却し、すべて再生可能エネルギーのみに基づくエネルギー供給体制を築くことしかないことは自明である。だからこそ「適正技術」と「代替社会」なのではないか。
 今日の世界が抱える困難な問題をもたらしているのは、先進国の技術体系・経済システムなのであるから、地球の未来は、もはや「先進国」の技術自体が目標とはなりえず、現在の技術文明の延長上には描けない。必要とされるのは、途上国の状況に適した適正技術である。それは、近代科学技術の問題を乗り越える使命をも帯びている。本書は、副題に―インドネシアでの実践から―とあるように、著者の具体的な実践例(排水処理とバイオエネルギー)の紹介のみならず、今後の望ましい技術のあり方と、それを含む代替社会の方向性を探るものである。
 第四章「代替社会に向けて」は、それだけで一冊の本になるような内容であるが、これからの社会は、どちらかと言えば強く環境問題(エネルギー供給制約)により、成長に依存した経済とは両立せず、しかし貧しい社会になるわけでなく、より自由で豊かな社会となる可能性にも開かれていることを提示する。
 まず、近代科学とは何かと問い、「光の巨大と闇の巨大」とし、トレードオフの関係であることをあげる。そこで、光としての近代科学技術の魅力として以下のような要素をあげる。①限界を超えていく自由 ②労苦からの解放、利便性③自然環境の緩和④非効用的魅力、美。闇としては、環境・資源・格差・労働疎外等の問題など。著者は、自らの実践に基づき、これらをエネルギー供給の制約とも整合しうることの根拠を列挙する。ある面では輝きを増し、別の面では、失われていたものを回復する契機となり、またそのまま保存される面もある。社会の豊かさは減ずることなく、逆に増大する可能性にも開かれているという。
 また、先進国が望ましい転換を成し遂げて行くための技術を「代替技術」と呼び、技術的観点から代替社会を考える骨格の論点として、専門化と自分たちでやること、小規模分散型の社会システム、巨大産業の行方の問題を揚げる。近代科学にもとづき技術を人間の手に取り戻すことは、適正規模の経済への移行を進める上で重要な要素であり、地域住民の基に食糧・水・エネルギーの自給(コントロール)ができることは社会の安定性を高め、絆を強め、人間的能力を回復させる。そして、石油・鉄鋼・化学等の装置産業(大工場)は、大量消費を前提としなければ存在意義は認められないという。技術体系の確立とは雇用の問題であることも強調している。
 これからの技術の開発分野は、開発と近代科学技術批判という、適正技術をめぐる二つの文脈が交差するところで生まれてくる技術群で、再生可能エネルギーをはじめあらゆる分野にわたる。そこでは、「技術というものを、それぞれの地域や場面の社会的、経済的、文化的条件の中において動的にとらえ、そこにある問題を解決し、必要を効果的に充たすために、もっとも適した技術を柔軟に選択し、あるいはつくり出して、実践していこうとする姿勢」が基本となる。持続可能な農業においても然り。だからこそ、震災復興を代替社会へのシフトの契機にすることが望まれるのではないか。

Author 事務局: 2013年03月01日 18:53

 
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