「資本主義という謎」

「資本主義という謎」「成長なき時代」をどう生きるか
水野 和夫・大澤 真幸 著 (NHK出版新書)

評者: 井上 忠彦 (BMW技術協会事務局)

 グローバリズムにせよ、新自由主義やTPP推進にせよ、経済成長至上政策にせよ、いわゆるBM的な価値観とはどうも相容れない、相反すると思えるわけですが、いったい、その理由は何なのか。利潤追求しか考えない多国籍企業が悪だ、と批判するだけでは解決できない、ひょっとすると資本主義そのものに最初から組み込まれている何かが、BM的な価値観と対立してしまう性質を持っているのではないか。そんな疑問を持って、この本を読むといくつも示唆を受けることがありました。
 この本は、大澤真幸氏と水野和夫氏の対談形式で、「なぜ資本主義は普遍化したのか?」「なぜ資本主義は西洋で誕生したのか?」「資本主義に国家は必要なのか?」「成長なき資本主義は可能か?」といった章ごとの設問に基づいて議論が進んでいきます。現在の世界をみれば、資本主義以外にはもう人間社会に可能な選択肢はないのではないか、と思えるほど資本主義は世界中を席巻し普遍化していますが、一方で資本主義は歴史的にきわめて特殊な現象です。(諸説ありますが)13〜16世紀に、当時先進国だった中国(明)やアラビアではなく、遅れていたヨーロッパで誕生しました。特殊な時代背景を背負った地域で生まれたものが、なぜここまで普遍化したのか。マックス・ウェーバーの「禁欲説」によればプロテスタントの倫理、特にカルヴァン派の世界観に基づく行動様式が、資本主義と親和性が高かったからということですが、ウェルナー・ブンバルトらは反対の「解放説」をとります。資本主義とは、近代の行動の原理である「より速く、より遠くへ、より合理的に」「蒐集(コレクション)」を最も効率よく実現できる仕組みですが、この恩恵を享受できるのは、限られた割合の少数の人間たちだけです。チャーチルの「民主主義は最悪の政治であるが、今まで存在したいかなる政治制度よりマシである」という言葉をもとに「資本主義は最悪のシステムであるが、今まで存在したいかなるシステムよりマシである」と形容されます。
 21世紀のグローバリゼーションの行き着く先は全世界の「過剰・飽満・過多」であり、現在は「歴史的な危機」に向かう真っただ中です。
 いま、時代の宗教は「資本主義」だともいわれますが、まさしく、宗教が第一の価値だった中世から、近代に移行したとき、宗教に代わって、人間の新しい教義、モラルを保つ価値観になったのは資本主義でした。これは単に「拝金主義」という意味合いではなく、資本主義が新しい宗教になったのです。中世では、貧しい人間は神に祈ることで天国に行き幸福を得た訳ですが、近代以降、貧しい人間は勤労に励むことで経済的充足を得て幸福になります。
 中世では時間は神のものでした。だから金を貸して利子をとることは「神の時間を盗むこと」であり悪でした。これが、ある歴史的な背景のもとで悪ではなくなります。また中世では「知」も神の所有物であり聖職者と一部の特権階級が独占していましたが、出版の普及によって、多くの人々のもとへ「知」が行き渡ります。宗教改革によって資本主義は誕生しました。

 現在の世界経済の低迷は資本主義社会がもはや新しい投資先を見つけることができないことに根本原因があり、「成長なき世界」の到来はこのままでは避けることができません。最後の章に「中国の存在は中世末期のスペインと同じ。中国以外にはもう膨張するところはない。近代社会の幕引きが中国になる」「資本主義における最終的な世界に勝者はいない」という部分があります。そして、示唆的な映画として「桐島、部活やめるってよ」が紹介されます。映画のなかの現代の高校生には、はっきりとした勝ち組負け組があり、みな閉塞している。決して逆転できない格差が描かれ、これは世界の比喩になっています。つまり「アメリカ、覇権おりるってよ」という映画であり、資本主義の成功のシンボルがなくなる社会をこれから日本人は生きていかなければならない。「現代の資本主義は未来の人間から搾取してしまっている」「人間には未来はないけど希望はある」「世界は病院である」といった言葉で結ばれます。

 さて、2008年にノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマンは、ジョークで「世界的経済危機を乗り越えるためには宇宙人が必要だ」といったそうです。ひとつの可能性は、成長市場のなくなった地球以外の、他の惑星と交易することで経済成長が見込まれるから。もうひとつの可能性は、侵略的宇宙人だった場合、その危機に対して各国の統治者が大規模な軍事的財政支出を行うことで景気が回復するから、と。いわば「巨大な公共事業としての戦争」です。しかし、各国の軍事産業関係者をはじめジョークとはまったく考えていない人たちもいるようです。安倍政権の性急な集団的自衛権行使容認閣議決定のニュースをみて、これもアベノミクス経済政策の一環か、と思いました。

Author 事務局 : 2014年08月01日09:04

 
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