「わたしたちの体は寄生虫を欲している」

ロブ・ダン著 野中香方子訳 (飛鳥新社)

評者 星加浩二 (㈱匠集団そら)

 題名からしてちょっと過激であるが、原題は「The Wild Life of Our Bodies: Predators, Parasites, and Partners That Shape Who We Are Today」である。このParasitesが寄生虫であるが、この原題からは私たちが寄生虫を欲しているとはなかなか思いつきそうにない。
 さて本書の第一章は、エチオピアの砂漠から掘り出された四四〇万年前の一本の臼歯から始まる。その臼歯の持ち主は「アルディ」と名付けられたひとりの女性である。アルディが暮らしていた環境は砂漠ではなく湿気の多い森林地帯だった。周りには寄生虫、病原体、捕食動物、そして相利共生生物と一緒に自然そのままの生活をしていた。そして著者は、アルディからネアンデルタール人、原生人類へと進化する過程で人間が人間になったのは、住居の洞窟に侵入してきたヒョウを追い出して殺すべきだと判断したときからはじまり、自分たちの周囲にいる何を生かし何を殺すかを決め、他の種を殺し始めた時に、わたしたちは完全な人間になったのであるという。それからわたしたちの周りに起こったことは、自らの手で環境を作りなおし、限られた作物(小麦、トウモロコシ、ライ麦)のみを育て、害虫や寄生虫、病原体をきれいさっぱり消し去ったことである。
 しかし自然を喪失したわたしたちを待ち受けていたのは、今までになかったタイプの病気の出現である。
 第二章、「寄生虫は人類にとって欠かせない最高のパートナー」に自然(寄生虫)を遠ざけた結果(病気)が語られている。その最も悩ましい病気のひとつが、免疫システムが自分の消化管を攻撃するクローン病である。わたしたちの免疫システムは、病気と戦う二つの軍隊を持っている。一つはウィルスや細菌などと戦うもの、もう一つは大きな敵、寄生虫と戦うものがある。この免疫システムについて私は、自己と非自己を区別して非自己を攻撃することという単純な知識しか持っていなかったのであるが、ここに述べられている免疫の仕組みは、もっと複雑で絶妙であることを教えてくれる。
 もし寄生虫をやっつけられなくなって腸内に棲みつかれた場合、体はどうするのか。実は免疫システムには調停役というものがいるのである。棲みつかれてしまった時、やっつけられないのに攻撃を続けるエネルギーの損失を回避するのと、ウィルスや細菌と戦うためにエネルギーを温存するため、調整役がでてきて攻撃をやめるよう指令を出すのである。しかし現代の清潔な暮らしから寄生虫が遠ざけられた結果、寄生虫をやっつける免疫軍がそのエネルギーを自己の腸に矛先を向けるのである。寄生虫がいないため調停役の出番がなく、その攻撃の手を緩めることができなくなりクローン病に罹ってしまう。これは単に腸内のことではなく体表面(皮膚)など免疫に関係するところにも発現するのである。
 発展途上国より先進国で過剰な免疫反応による病気が多いのは清潔な暮らし―自然から離れた―になったからである。そのための治療にもう一度寄生虫を腸内に取り込む(体が欲している)ことにより症状が良くなることが述べられている。また現在では役割がないと思われている虫垂の存在理由も、実は細菌の棲みか―バイオフィルム―であり、もし下痢などで腸内の細菌が少なくなったときに供給する―それこそ菌庫であるという。不思議満載である。
 第三章では、「乳牛に飼い慣らされて」というテーマで、人間が乳牛の祖先「オーロックス」を飼い慣らすことによりその乳を手に入れることができたのだが、実は人間も牛乳を消化するラクターゼという酵素をつくることができるように、「オーロックス」に飼い慣らされていたことが述べられている。
 第四章では、「すでにいない肉食獣から逃げ続ける脳」として、すでにわたしたちのまわりにはヒョウやトラ、ライオンなど捕食する肉食獣は見当たらないのに無意識下ではわたしたちはいまだにその恐怖から逃れられないでいる、と書かれている。この章で取り上げられているのはトラのほかにヘビがある。人と毒ヘビの係わりあいから、人はいかに毒ヘビをいち早く見つけることができるように目│視力│を発達させてきたという。寄生虫や乳牛と同じく自然との係わりあいの中で相互に進化してきたのがわたしたちの体であることを教えてくれる。
 第五章の「人間が体毛を脱ぎ捨てた理由」は、シラミやマダニ、ノミなどの外部寄生虫による病気から逃れるためであった。この問題もわたしたちと他の種との相互作用が原因で体毛を失ってきたのだ。 
 第六章、「太古の昔から現在まで、断崖で暮らすわたしたち」では、わたしたちの暮らしにどうすれば捨て去った自然(Wild Life)を再び回復することができるのか、新たな方法が提示されている。しかしそれは現代の便利な暮らしから不便な昔に戻るのではなく、またわたしたちに欠けている単なる自然でもなく、わたしたちが求めている自然は、豊かさや多様性、そして恩恵をもたらす自然なのだ。そのとき忘れてはならないのが、目に見えない腸内の寄生虫や腸内細菌も恩恵をもたらす種であることだ。

 生命の誕生から現在まで、細菌から植物、大型哺乳類やわたしたちを含め、どれ一つとして単独で生きてきたものはなく、すべて相互関係の中で命をつなげてきたことに思いをはせることを、この本が教えてくれるのではないでしょうか。

Author 事務局 : 2014年01月01日18:21

 
Copyright 2005-2007 Takumi Shudan SOLA Co.,Ltd All Rights Reserved.