『ダンゴムシに心はあるのか』

 書店で手に取り目次を開いてまず目に飛び込んできた文字が、「石の心」。ダンゴムシにだって「心」はあるんだから、BMW技術にかかわるものとしては石にだって「心」はきっとあるだろうと思った。

 まず著者は、第1章で、「心とは何か」を言葉でもって定義をしていく。「心」とはある隠れた活動部位であり、その働きは状況に応じた行動の発現を支えるために、余計な行動の発現を抑制する「内なるわたくし」が「心の実体」であると定義づけをしている。その「心の実体」は、観察対象を「未知の状況」に遭遇させ、隠れた活動部位が「予想外の行動を発現すること」を観察することで、その心の存在を確かめる事ができるのだと著者はいう。その心の概念をつかむ実験は、あらゆる観察対象において存在を実感し、実証できる手段である。
 ここで著者は思考実験として「石の心」を見いだしてみせる。観察者は庭先の石は静止しているのではなく、「静止しようと行動している」とみなせなくてはならない。なぜなら隠れた活動部位は、特定の行動(静止)の発現を支えるために働くことで初めて見いだされるからです。そして石の表面は大気や土と接していて、それらとのさまざまな化学反応の作用を受けて劣化している。長い時間が経過すると石の表面は剥がれるかもしれない。重要なのは、その劣化速度は、「石によって調整される」ということ。石の表面がじわじわと剥がれるとき、剥がれていく石の分子が、まだ剥がれていない石の分子との結合をいつ離すのか。その瞬間は、両分子によって決められているとしか言いようがない。すなわち、石は、劣化速度を調整している。換言すると石の表面の劣化速度を調整することで、石は静止しているという行動を発現していると言える。このとき劣化速度に係わらない「他の部位(分子)」もまちがいなくなんらかの活動をしている。その活動の仕方によっては、石の変形、すなわち静止に対する余計な行動が発現するかもしれない。したがって石が静止しているときは、他の余計な行動が抑制させているとみなすことができ、石においてさえ「隠れた活動部位」=「石の心」が存在しているとみなすことも可能になるという。
 ちょっとややこしい概念であるが、岡山大の奥地拓生准教授が良く話されるBMW技術は岩石からミネラルを取り出すことを自然界における反応より何倍も早く実現させているという。そうかこれが、岩石にとっての「未知の状況」にBMW技術よって遭遇させられことで、隠された活動部位「石の心」が発現されたのだと、私は心にすっとはいっていく気がした。(もちろんダンゴムシの心を探る話がこの本の核心である。)

 第2章から、ダンゴムシの「心」を現前させる「未知の状況」を作りだし、ダンゴムシに「予想外の行動」を発現させる、それこそがダンゴムシが持っている「心」であると。
 著者は心を見出すにはある「流儀」が必要で、その本実験にとりかかるためにはダンゴムシととことん付き合って、ダンゴムシの「未知の状況」でない日常を知ることを自分のものとしなければ、「未知の状況」を作りだす実験にはいっていくことができない。著者は十年以上ダンゴムシと付き合って、ダンゴムシの心を見いだす、ある「流儀」を自分のものとしたのである。

 実際の実験は、ダンゴムシのジグザグに歩行する交替制転向という特定行動(ヒトからゾウリムシに至るまで広範囲で観察される)をもとにして、著者が考えだした「未知の状況」を作り出す、多重T字迷路、水包囲アリーナ、環状通路などの実験装置をつくり、ダンゴムシに「予想外の行動」を起こさせている。それらの装置の上を、選ばれたダンゴムシが歩いていく。延々と続くT字路、水に囲われた広場など、どこまで歩いていっても通常の自然のなかでは起こり得ない状況のなかをダンゴムシは歩いていく。すると中には通路から外れて壁をよじ登るもの、水中に入っていくダンゴムシが現れる。これだ、この予想外の行動を発現させている隠れた活動部位としての「心の働きの現前」なのだ。つまりダンゴムシにも「心」はあるのだ。

 第3章では、ダンゴムシ実験の動物行動学的意味。ダンゴムシによる実験は、従来からある動物行動学の考え方と深いつながりを持っていることが語られている。
 第4章では、「心の科学」の新展開としてこれからの展望を、タコにおける今までの実験結果や、沖縄県西表島でのミナミコメツキガニを観察対象に取り上げて、「社会の形成」を探る新しい実験などを紹介している。著者にとって観察対象と長期にわたる付き合いは、研究者の新たな楽しみでもあるようだ。

 福島県で起きた放射能汚染という「未知の状況」に放り込まれた、海、山、森、川、石、土壌、動物、植物、昆虫、そして微生物は、「予想外の行動の発現」としてかれらはどんな「心の動きの発現」をするのだろうか。われわれ人間の文明に対するさらなる自然の脅威になるのだろうか、それとも・・・。

評者:星加 浩二 (株式会社 匠集団そら)

Author 事務局 : 2011年06月01日02:00

 
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