「下流志向」~学ばない子どもたち、働かない若者たち

「下流志向」~学ばない子どもたち、働かない若者たち
内田 樹 著   (講談社)

評者 山本 伸司 BM技術協会常任理事(パルシステム生活協同組合連合会)


 内田樹氏の視点はいつも面白い。以前、この書評欄で『日本辺境論』を取り上げたが、彼の日本人論が、身体性をもって語られていることにユニークさを感じた。日本人の社会性や意識性の底にある考え方を問題とした本だったが、今回の本は、学びの問題、それも現代の「子どもたちが意識的に学ばない」ということについて語っている。
 まず、内田氏は、学びとは、師弟と弟子との関係において本質的重要性があると捉えている。その例にスターウォーズを挙げる。「ジェダイの騎士」には「メンター(先達)」がいて、メンターには必ず弟子が一人いる。メンターのオビ=ワン・ケノービより弟子のアナキン・スカイウォーカーの方が腕前が上になったとき、アナキンは「俺のほうが師匠よりも強く才能がある」と言い出してフォースのダークサイドに導かれて悪の世界へ行ってしまう。が、師匠のオビ=ワン・ケノービとの最終的対決にアナキンはぼろくそに負けるのである。それはなぜか? 氏は、オビ=ワン・ケノービはジェダイの「騎士道」につながっており、師匠のヨーダへの深い敬意を変わらずに持ち続けているからである。このつながり、関係性こそが、オビ=ワン・ケノービの負けない構造なのだという。
 では、現在の学びの構造はどのようなものか。氏は、教育そのものの逆説を指摘する。自分は教育からどのような利益を得るのかということについて、私たちは教育がある程度進行するまで、場合によっては教育課程が終了するまで言うことができないものだ。ところが、現代の子どもたちはすぐに「この勉強が何の役に立つのか」と聞きたがり、役に立つ理由に納得がいかなければ忌避するようになる。そして「不快」でしかない教育に耐えることで、教育を受ける「義務」を単に果たすだけとなる。しかし、実は子どもは教育を受ける「権利」を持っているものであり、ここに大きな逆転的誤謬がある。これについて、氏はエーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』を引用する。この本は、長い苦闘の末に漸く獲得した市民的自由を、二十世紀の先進国の市民たちが捨て値で叩き売り、独裁政権や機械化に屈服する倒錯した心理を分析した古典だが、教育を受ける権利を放棄する現代の子どもたちも同じだと指摘する。
 就学以前にすでに消費者として自己を確立している現代の子どもたち。幼い頃からお金を持ってコンビニに行き、お金を払えば好きな商品と交換できる。この買い手としての経験を繰り返していけば、当然すべてに等価交換の価値観が芽生える。これが、学ぶという「権利」を放棄し、学ぶことからの逃走を招いている。こうして子どもたちは消費者にとって有用性のないものが意味をもたないように「それが何に役立つのか」を問い続けるのであると。
 しかしこうした「何の役に立つのか」という消費者マインドでは図れないものこそが、本来学びの本質なのである。親から教えられるもの、先輩から教えられるもの、師匠から教えられるものしかりである。たとえば、子どもが言葉を覚える過程では、なぜ学ばなければならないかを問う前にすでに学びは始まっている。親と子、先生と生徒、師匠と弟子との関係性の中に真の学びを取り戻すこと。日本の職人社会では、伝統的に雑巾がけからスタートする。そんな学びの姿勢こそが子どもたちに必要なことだと、氏はいいたいのである。
 実は、私は高校での教育のあり方に疑問を感じ、授業でさまざまな反抗を試みた。それは、田舎の中学校の、教師と生徒との緊密な関係性に比べて、徹底した大学受験校と化した進学校の受験勉強と、それを徹底する教師に対する反感だった。しかし、改めて考えてみると、こうした正面からの生徒の反抗もまた、教師との関係性へのもがきであったような気がする。しかし、今日の子どもたちは、さらに教育の効率性が進んで、無機質な製品に仕上げられていくように感じられるのだ。そうだとするなら、これから私たちは、学校教育の中にどのような関係性を生み出していけばよいのか。
 私は、学校内外で、新たな身体性をともなった社会関係を創造していくしかないと思う。それは、たとえば消費者を超える農への参加であり、自分のカラダと食への深い捉え直しこそ、その切り口になるのではないかと思う。今日の子どもたちの学びからの逃走、労働からの逃走は、幻想としての消費者主権からきているとすると、自然と農の関係性、生物と人間のなかから生産し消費を超える関係性の構築こそが課題だと思った。

Author 事務局 : 2010年06月01日13:22

 
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