『海の色が語る地球環境』

功刀 正行 著 (PHP新書)

評者 奥地 拓生 (岡山大学 地球物質科学研究センター准教授)


 我々が住む地球にユニークで、他の惑星には存在しないものが大きく四つあるが、その代表が海洋である。海洋があることによって地球に大陸(花崗岩)がつくられ、大陸を移動させるプレートテクトニクスが生まれ、そして生命が誕生することになった。本書はこの海洋を理解することをライフワークとした研究者による、十数年間の研究の軌跡のまとめである。
 著者は海水中の化学物質およびプランクトンの分析をもとにして、地球や生命と海洋の関係に迫ろうとする。導入部の第一章では、「七色の水」の違いをもとにして海の多様性についての解説が行われる。生命のない海はすきとおった群青であり、さらには黒色にもなる。生命の豊富に宿る海は緑色や茶色である。生命が汚した海は赤くなったり、青白くなる。このように海とは陸上と同じぐらい色に満ちた世界であり、それぞれの色には重要な意味がある。珊瑚や植物プランクトンの色と、それらの生態系における役割が海の色と関連づけられる。
 第二章「海洋観測行脚」では著者の海洋研究への方法論が述べられる。それは一言で「篤志観測船」と述べられているが、つまりは外航の商船に著者が居候して、世界の海水を片っ端から取りまくって、分析しまくるということである。著者の海水を測る旅は、大阪~沖縄の国内航路から始まって、海賊の出るマラッカ海峡、楽園の南太平洋、氷河が海に注ぐ南米大陸パタゴニア、さらには南極や北極にまで達し、世界の隅々に及ぶ。船内に持ち込んだ装置がうまく働くようにするための懸命の保守作業の解説も興味深い。それぞれの発想が独創的であり、私はこの章が特に興味深かった。
 第三章「巡る水」では、水の惑星・地球における水循環の量と時間のスケールが解説されている。地球全体の水のなかではわずかな量しかない河川水が、なぜ大量の生物を支えることができるのか、ストックとフローの概念に注目してほしい。海水が地球を一回りするには千年以上の時間がかかる。これは生物の個体の時間スケールよりもずっと長い。一方で川の水が降ってから海に注ぐまではわずか二週間である。これは生物の時間スケールと重なっており、つまり川の水は待っていれば流れてくるので使いやすい。さらには川の水はこの速い循環の中に栄養分を載せて運ぶ働きも持つ。
 第四章「運び屋としての水」では、海水中のプランクトンの活動が増えると雲ができて雨が降るという、水を通した海洋生物と気象現象の関係が解説されている。また以前の書評で述べた、海水中の鉄とプランクトンのかかわりが改めて登場する。この部分はやや専門的なので、上平恒「水とは何か」の内容を参考にして読むと良いだろう。第五章「水の未来」では、水の関わる環境問題全体のまとめと将来への提言が述べられている。以上の全体を読み通すことによって、海と地球と生命の関係の見事さが良く伝わってくる本である。

Author 事務局 : 2010年03月01日11:49

 
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