『黒い牛乳』

中洞 正 著 (幻冬社)

評者  山本 伸司 BM技術協会 常任理事(パルシステム生活協同組合連合会)

 書名を見ただけだと、またドギツイ告発本かと胡散臭さを感じてしまいそうだが、読んでみると内容は実に真っ当だ。酪農だけでなく、現代の日本農業と消費のあり方が抱える問題をするどく表していると感じた。すごい本だと思う。
 いまの日本酪農はいくところまで行きついた感がある。先が見えない。昨年の飼料高騰では府県酪農の破産と離農が最高数に達した。実は近年にない三円の乳価値上げがあったのだが焼け石に水だった。どうして酪農に未来が見えないのか。
 この要因に「不足払い法」があると指摘される。これは一九六六年制定の「加工原料乳生産者補給金等暫定措置法」といい、農水大臣に指定された「指定生乳生産団体」が生乳を一括集荷し乳業メーカーに渡す仕組みである。制度上は国・農畜産業振興機構が酪農家に補助金を給付し、メーカーには基準取引価格として安く販売するとしている。いまは昔の米の食管法と同様だ。しかしこの補填金の原資を支えるために酪農家と乳業が負担するといった情況となっている。
 本来、「不足払い法」は、生産者の過渡な競争を抑制し不透明な取引を排除し弱い立場になりがちな生産者を育成する措置として時限立法で制定された。それが、継続されるに従ってガチガチに固定され、むしろ「指定生産団体」の指定する生産方法や出荷から逃れられないようになっている。これに逆らうと、乳業業界で「アウトサイダー」と呼ばれてほとんど村八分のようにされる。補助金をはじめ様々な困難が待ち受けることとなるようだ。逆に、指定の生産を行い、出荷すると安定した経営ができるとされていた。ところがそれもいまは、おぼつかない状況だ。
 日本の酪農の問題点が明確に指摘される。穀物飼料の多投、とりわけトウモロコシへの依存。この飼料用トウモロコシの輸入量は千二百万トン。その九割がアメリカ。輸入依存も問題だが、穀物依存が四つの胃袋をもつ牛の生理に無理を強いること。搾乳量の増大は、実は無理なコストダウンを強いることとなる。つまり、人工的な酪農のあり方が極限まできてしまい、それが逆に牛乳の価格破壊をもたらしているという悲劇が語られている。
 では、中洞さんが目指す酪農とは何か。日本の自然に適した放牧牛乳である。放牧というと北海道の広大な土地を思い描くが、そうではない。岩手県の北上山中の岩泉町にある。日本のどこにでもある山地に自然放牧し、草地は野シバに、雑木林では下草を食べさせるのだという。これを耕すことも肥料をまくこともしない。しかも、周年で放牧し種付けも分娩も自然とする。このことで病気知らずの健康な牛ができるという。子牛は母牛から毒草を学び、かなりの崖も平気である。自然なおいしい牛乳が採れる。
 こんな酪農が本当にあるのかと俄かには信じられない。しかし、やはり販売の関係で苦労をされている。まずは生産方法が牛乳の質を変える。とくに乳脂肪分が異なる。穀物飼料が多いと乳脂肪は高いが、放牧だと低くなり指定生産者団体の基準を満たさない。さらに、出荷の条件が様々に合わず農業資材も購入しない。こうして、ついにアウトサイダーとなっていく。中洞さんが、ここで自立していくキッカケとなったのが、「らでぃっしゅぼーや」との出会いだったという。結果的には取引にまでいたらなかったが有機農業に関する消費者の意識を学んだという。そして直販の重要性を知った。それから、自立への道を歩んでいく。
 中洞さんの夢は、全国に山地酪農とミニプラントの輪を広げたいということだ。広大な山林が今荒れている。この再生と酪農を結び、自然放牧で輸入飼料に変わるおいしい牛乳を生産することだという。まさに、目から鱗が落ちるとはこのことだ。すばらしい。
 いまパルシステムは、日本型畜産への挑戦を進めている。草地型酪農、自給飼料拡大など、しかしこれは簡単ではない。しかも殺菌温度にこだわったとはいえ、飼い方は、まだまだ既成のものが主流だ。こうしたなかで大部分の酪農家は現状に満足していない。価格下落傾向は続き、輸入飼料の高騰は経営を圧迫している。ここからどう酪農の未来を展望するのか。
 もうひとつの酪農の可能性が見えてきた。問題は、ガチガチに固まった現実とこの可能性との大きな乖離をどう超えていけるかである。この入口こそは、生産者と消費者の連携にあると思う。良いことばかりではなく、悪いことも共有し本来のありたい姿を描くこと。未来を描くこと。そのこと抜きに展望は開けない。その契機となる問題提起がこの本には詰まっている。これは、ひとり酪農だけの話ではない。日本農業のそして消費者の課題ではないかと思う。

Author 事務局 : 2009年12月01日15:43

 
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