「小説『日米食糧戦争』日本が飢える日」

「小説『日米食糧戦争』日本が飢える日」
山田 正彦 著 (講談社)

評者 竹内 周 (らでっしゅぼーや株式会社)

 田植えを終え、幼い苗が空の青を反射する水田を眺める。その苗たちが、秋には豊かな実りをもたらしてくれるだろうかと、本当に心配だった。…そんな思いが巡った昨年の春。幸いこの年の米は平年作だったが、ご存知の通り、飼料価格が高騰、食品の相次ぐ値上げなど、食料安全保障について、強く考えさせられた年だった。

 資源のほとんどを海外に依存する日本は、WTO体制を主軸に輸入拡大で規制緩和、国内的には中小の作り手に規制強化的だ。しかし汚染米や残留農薬などの数々の事件では、安穏然のお役所仕事がその杜撰さを露呈し、ならば職員を増やせと、官僚支配の構造はちゃっかり強化されていく。
 こんな状況で、国益最優先国家のアメリカが、食糧の輸出をストップしたら、日本はどうなってしまうか?たとえばその年が九三年のような冷夏で、輸入穀物をめぐる数々の危機――輸出国の旱魃や、巨大台風――が同時に起こってしまったとしたら?…という仮定がこの小説の主題だ。

 筋書きは、米大統領の輸出規制宣言が「起」。そこから起こる様々なパニックの連鎖が「承」。日本国内の治安の維持すら危ぶまれての内閣総辞職で、もと野党から政権与党に「転」じた主人公代議士ほかの粉骨砕身の活躍で、国家未曾有の危機が救われていくという「結」とたいへんわかりやすい。
 国内の様々な状況が筋書きをカタルシスへと加速させていく。情報の多様化が進んだように見えるのに、記者クラブ発表の画一情報を、視聴率稼ぎのニュース番組というフィルターを通して、大量に排出し続けるしかないマスコミ。その画一的均質的な情報に付和雷同するしかない巨大多数の普通の人々。その一方、反社会的なバイアスでインターネット網にネットワークされていく格差社会のアウトサイダー、企業の底辺、現場の労働者たち。
 政治家、官僚の習性を知り尽くし、ロビー活動を進めつつ虎視眈々と時節の到来を準備する穀物メジャー。トップは語る……「わが社は世界戦略としての強力な武器になる遺伝子組み換え種子を持っており、その種子が最も強力な武器となるのは、これまでにない最大の食糧危機の年、今年である。食糧こそが世界を支配する力、言ってみれば核ミサイルにも匹敵する戦略兵器である」と。

 日米同盟という幻想からか危機意識が薄く、外交交渉能力も低い現政権や官僚組織を悪に見立て、志高い野党政治家と官僚を善とする図式で、現在の日本の危機管理能力のなさを「政治の責任」として整理できたことも、小説としてわかりやすい。
 農業の経験を持ち、野党代議士となった主人公の人物像には、著者自身が色濃く投影されているし、想像だが、登場する商社マンや農水官僚のキャラクターも、実在の人物をモデルにしているのだろう。
 ノンフィクションではなく、近未来フィクションという小説だから、最終章の締めくくりで物語は終了する。しかしこれが、著者の想定している人物たちと語られているだろう現実の政治の場合はそうはいかない。終わりがないからだ。この意味で、今の日本が食料パニックに陥るまでの描写は、現実の状況がかなり反映され、惹きこまれるようなリアリティを感じたが……。
 食料をめぐる情勢については丸紅経済研究所・柴田明夫『食料争奪』、平和ボケ日本に想定外の危機が突然訪れる状況については村上龍『半島を出でよ』が思い出され、読みやすい流れの小説だった。さて、この秋の政権はどうなっているだろうか?

Author 事務局 : 2009年07月01日21:32

 
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