『貧困のない世界を創る』

ソーシャル・ビジネスと新しい資本主義
 ムハマド・ユヌス著 (早川書房)
 
評者 山本 伸司 (BM技術協会常任理事・パルシステム生活協同組合連合会)

アメリカ発の金融崩壊は各国に波及し、更に実体経済の崩壊へと連鎖している。その中で、数十兆円も溜め込んだ自動車産業や電気メーカーなどの「日本」企業が、自社の存続と利益のみを追求し、労働者も地域社会も知ったことかとばかりに切り捨てている。これを見て、巨大企業を育成しその力をもってシャワー効果で人々と地域社会を潤すことは、すべて幻想だったことが誰の目にも明らかとなった。何が「社会や人のニーズを満たす」だ、「会社は公器」だとちゃんちゃらおかしくなる。地方都市や農村地帯で、こうした大企業の横暴の波に洗われ、荒んだ風景が広がっている。
さて、ここからが問題だ。ではどうするか。
先ずは、基本を押さえたい。私たちBM技術協会では、農を核とした「バクテリアと土と水」をキーワードに生命と大地の循環を基本とする社会構築を目指している。この技術を活用する人と、組織と、社会を構築すること。このことを実際に各地でやりながら、つながり持続可能な未来を展望するとしている。
この運動と世界経済との関係を考えてみるとき、単純な大企業批判や国家批判、アメリカ帝国の陰謀説だけで事足りるとは思っていない。これを生み出し支えている現実と社会とを変えることが求められている。
こういう視点で考えると、このムハマド・ユヌス氏のマイクロクレジットから始まる活動は非常に示唆に富んでいる。以下、本書から引用する。
「世界の総所得の九四%は四〇%の人々にしか行きわたらず、残る六〇%の人々は、世界の総所得のわずか六%で生活しなければならない。およそ十億人が、一日あたり一ドル未満で生活しているのだ。……理由は簡単である。現在の自由市場は、社会問題を解決するためにあるのではないからだ。むしろ実際には、貧困、病気、汚染、不正、犯罪、そして不平等を悪化させている」。
ここからが、重要だ。
「資本主義は人間の本質について狭い見方を取り入れている。つまり、人間が最大の利益を追求することだけに関心がある一次元的な存在であると想定しているのだ。……主流の自由市場主義理論では、ただ自分のためだけに大部分を得ることに集中するなら、人は可能な限りよい方法で社会と世界に貢献すると仮定している。この理論の信奉者は……世界のすべての悪いものを『市場の失敗』のせいにするのである。『概念化の失敗』に苦しんでいる。つまり、人間の本質をとらえることの失敗である」。
「人間は、決して一次元的な存在ではない。わくわくさせられるような多次元的な存在だ。人間の感情、信条、優先順位、行動パターンは、光の三原色から何百万もの色合いを作り出すことができることにたとえるのがふさわしい」。
協同組合運動についてもユヌス氏は言及している。ロバート・オーウェンを紹介しつつ以下のように指摘している。
「本来、貧しい人々を援助し、あるいはその他の特定の社会的な利益を生み出すという目的のためには、協同組合という概念は向いていない。もし、利己的な支配に陥れば、協同組合事業は、社会のすべての人を助けるよりも、個人やグループの利益を得る目的のために、むしろ経済を制御する手段になる。協同組合が本来の社会的目標を見失うとき、それは他と同じように実際には利益を最大にしてしまう会社になってしまうのだ」。
未来に向けた現実的ステップの提案
貧困から脱却するための具体策として、ユヌスは、「ソーシャル・アクション・プラン」として、身近な問題を実現する小さな組織をつくることを提案する。三人くらいで一人の失業者、ホームレス、物乞いの人が収入を得る活動を見つけ、貧困から抜け出すのを助けること。これを始めるのに、特別の専門的技術、信任状、資産も必要としない。必要なのは、違いを生み出す意欲と行動だけであるという。
バングラデシュの変革
バングラデシュでは、八〇%の貧しい人々にマイクロクレジットが行き届いている。物乞いの人のプログラムには八万五千人が参加し、すでに五千人が物乞いをやめている。貧しい人たちにICTをもたらすグラミン・フォンを設立、テレフォンレディはすべての村で三〇万人が活動している。ヨーグルト工場を設立し、栄養失調の子どもたちへ届ける。眼科病院のチェーンを展開し豊かな人々と貧しい人々に別の料金で一年間当たり一万件の白内障の手術をする。
夢のリスト
個々の市民が、はっきりとした考えを持っていることが重要になってくるとして、創りたい世界の基本的な特徴について『私』のリストが提案されている。これは、まさに夢の世界のように見える。しかし、必ず達成可能だと彼は提起しているのだ。

インドはガンジーを生み出した。ガンジーの偉大さは、政治や社会の変革を、人びとのこころとからだの改革として平和と自立を希求したことだと思う。絶対的な権力と暴力を前に、不服従という内なる闘いと祈りを広げた。それは、人間性のあり方を問いかけるものとなってゆく。
インドから独立したパキスタン。さらにそこから独立したバングラデシュ。ここに、モハマド・ユヌスが誕生した。
人びとの無限の可能性を信じ実現する。七百万人もが自立していく。しかも、貧しさと富の頂点をつないでみせる。ビル・ゲイツも救われる。
世界の矛盾を、自らのうちに取り込んで引き受ける。そして、貧しい人びとと共に行動し変革を実現していく。
彼には、もうハッキリと見えている。貧困の解決が。来るべき世界が。アジアは偉大な精神を生み出していく。とりわけインドやバングラデシュの地域において。これは、矛盾の極北にあるからかも知れないと思う。

Author 事務局 : 2009年05月01日11:38

 
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