『反貧困』~「すべり台社会」からの脱出

湯浅 誠 著(岩波新書)
評者 山本 伸司(BM技術協会常任理事・パルシステム生活協同組合連合会)

 これは、重たいテーマだ。しかし、こういう本が売れているということが凄い。最初に紹介される夫婦の暮らしの現実。気持ちがなえるが読み進めていく。そして、読み込んでいくと次第にこの著者の湯浅さんという人の凄さがヒシヒシと伝わってくる。特に、大上段に社会改革を語っているわけではない。ところが、具体的な事例をあげ、順々に説いていくにつれて、企業、行政と社会の問題が次第に暴かれていく。この国の劣化が目に見えてきだす。
見えない貧困
 貧困とは何か。見えない貧困がある。あるビル清掃人のこと、しゃがんで掃除している彼らの頭の上を、そのビルのエリートたちが会話を途切れさせずにまたいでいく映画のシーンが紹介されている。つまり、競争社会にいる企業戦士たちには見えない、見ようとしない人々がいるということだ。これにはドキッとする。
 貧困とセーフティネットの関係が問題となる。これは、雇用のネットと社会保険のネットと公的扶助のネットという三層構造があるという。雇用では、大きく正規から非正規へとシフトしさらに派遣労働によって無権利状態が拡大している。地方の商店街もシャッター通り化し、農業では米価も暴落して苦境に陥る。二〇〇六年には年収二〇〇万円以下が一〇二二万人にものぼっている。
 社会保険制度も、失業保険給付が一九八二年には約六割が受け取っていたが、二〇〇六年には二一・六%に激減している。失業保険の受給資格すら取れないのだ。国民健康保険もこの年で四八〇万世帯が滞納をしている。国民年金に至っては納付率が五割を切っている。
 公的扶助はさらに深刻だ。自治体窓口で「水際作戦」が行われ生活困窮者が実質的に受給から排除されている。おそらく潜在対象者は一〇〇〇万人と推計されている。
 こうして、三層すべてに穴があき、上層の労働排除によって一気に滑り落ちる「すべり台」社会となっていると指摘する。アメリカの格差社会はヒドイと考えていたが、日本はもっと陰湿で、隠れた巨大な貧困層が形成されていたことがわかった。確かに、町にはそこここでホームレスが増大している。
貧困を拡大する政府
 アメリカ政府は貧困層を人口比一二・六%、三六九五万人いる(二〇〇五年時点)と報告し、ドイツ連邦政府統計庁も一三%に当たる一〇三〇万人いると報告している。ところが、日本政府には貧困指標がなく統計も出されていないという。貧困層の実態が把握されていない。
 憲法二五条「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」は、単なるお題目ではないとし、この具体化として生活保護法があり、これに従って厚生労働大臣告示で毎年生活保護基準が改訂されている。実は、世帯ごとに、一〇円単位まで最低生活費が決められている。これと、最低賃金法があり、政府は共に連動して引き下げようとしてきている。このこととの戦いを通してこの国のあり方、すなわち誰の利益のために動いているかが明らかにされている。
 ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センの貧困の定義が引用されている。
 「貧困は単に所得の低さというよりも、基本的な潜在能力が奪われた状態と見られなければならない」「潜在能力の欠如は、世界におけるもっとも裕福な国々においても驚くほど広く見られる」「ニューヨーク市のハーレム地区の人が四〇歳以上まで生きる可能性は、バングラディッシュの男性よりも低い」
 このことは、単純比較で所得が高いだけでは望ましい状態を得られるとは限らない。望ましい生活状態(機能)に近づくための自由度(潜在能力)を上げていくことが大切だとしているのだ。先進国にこそ深刻な貧困が拡大していることが暴露されている。
 著者は、さらに「溜め」という言葉で、人とのつながりなどを表現している。社会が溜めを失い、貧困が拡大していくと「社会の免疫力」が失われ、とりわけ戦争への免疫力がなくなるという。貧困層を軍隊として組織していくのだ。
NPO法人自立生活サポートセンター
「もやい」の戦い
 「もやい」の活動は住所不定状態の人たちに対する連帯保証提供と生活相談が二本柱だ。まずは居場所の確保、自信を持つ、受け入れられる場、技能を活用できる、自分が尊重されるなどの当事者のエンパワーメントと生活相談、多重債務、緊急対策、精神的ケア、生活保護申請などの社会資源の充実が大切だという。
 その活動を通して反貧困のネットワークを広げている。最大の敵は「無関心」だ。貧困問題に関心を寄せてもらいたいと結んでいる。
生協のあり方と貧困
 大不況が襲ってきた。すると、やはり供給が落ち込み始める。このとき、低価格だという生協がある。所得が減るから低価格こそが生活応援というのだ。ところが、これがクセモノだ。低価格では、生産に携わる全ての人たちがコストカットされていく。自分の給料が維持され、商品価格が下がればリッチになるが、そうはいかない。だから、豊かさとは、所得の多さだけではない。「溜め」の問題だということにこの本によって気づかされる。生産現場を想起し、とりわけ農業現場や食品メーカーとつながること、このことが食を豊かにしていくことでもある。
 一九九〇年代から企業は、社会を豊かにするチカラを失った。企業の成長は、むしろ人々を貧困に突き落としていく。コストカットと効率主義は、ますます貧困を生み出していく。
生協の本来の目的、すべての人々の暮らしに貢献すること。協同組合の精神を思い起こし貧困と戦うネットワークに連携していきたい。

Author 事務局 : 2009年03月01日20:17

 
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