『鉄が地球温暖化を防ぐ』

 畠山重篤 著(文芸春秋)

評者 奥地拓生(岡山大学 准教授)

 昨年度の松島でのBMW技術全国交流会で「森は海の恋人」である、という楽しい内容の講演をしていただいた、宮城県気仙沼市の漁師・畠山重篤氏が、新しい本を執筆された。この講演と同じ題名の畠山さんの本は良く知られている。その続編である畠山さんのいくつかの著書のうちでも、思想がもはや漁業の世界からは抜け出して、いわば普遍化された内容になったとも言えるものが本書であろう(私がこのように評するのは僭越であるが)。今回の題名も「森は海の恋人」のように斬新だが、それは二〇年前に著者が松永勝彦先生という科学者から受けた「鉄が牡蠣をはぐくむ」という説明に触れた際の驚きを、ひろく普遍化して読者に伝えるためのものである。
 牡蠣の養殖場である気仙沼湾の海としての豊かさを取り戻すために、著者は手探りで湾に注ぐ川の源流の森の重要性に行き着き、そこに木を植える運動を開始した。その直後に北海道大学水産学部の松永先生を函館に訪ねて、源流の森は川を通して海に鉄を供給する役割を果たしていることを教わる。これで手探りで得た答えが正しかったという裏付けが得られたのだ。鉄と一言で言っても、生物に吸収されやすい形態とされにくい形態があり、森は前者を作り出す力を持っている。このような鉄の形態の違いについては、私もそこまで考えたことはないが、言われてみると自然に理解できる。そのような視点で岩石や鉱物を見ることがいかに重要かを教えられた。
 さて生物が使いやすい鉄の形態があるという事実からさらに踏み出すと、そのような鉄を与えれば生物を新たに育てることができる。つまり鉄はすぐれた肥料になる。ただし鉄が良く効くのは陸上の生物に対してではなく、海洋生物、特に植物性プランクトンと海藻に対してである。一般的に言って、海洋は鉄が極端に不足している環境にある。そこで生物が使える鉄を与えることで生産性が大きく高まり、面積が広いので大量の二酸化炭素を吸収することになり、地球温暖化をも防ぐことができるようになるという。
 本書は畠山さんの独自の構成によって、鉄と生物の深い関係が正確かつ楽しめるように解説されており、一般の読者に良くわかる内容になっている。森と海の絆の話から始まり、地球生命を育んだ鉄、鉄は地球温暖化を救う、鉄仮説から鉄理論へ、と解説は進んでいく。このあたりは何とか「想定内」の内容であったが、そのあとの「実証された鉄の環境利用」の章は特に刺激的でびっくりした。鉄を使って漁業の生産性を大きく高めた実績を持つ人たちが日本のあちこちにいて、その人たちと畠山さんが交流される話がいきいきと出てくる。畠山さん自身が行った鉄を使う実験の話も面白かった。さらに、新しく作った海藻を利用してほかの問題も解決しよう、という提案がされる。そして最後に、地球の歴史上で海中の鉄がもっとも活躍した時代につくられた、オーストラリアの鉄鉱床を訪ねた話が出てくる。この鉄鉱床は地球の歴史を調べる上でとても重要な場所であり、もちろん私も名前は知っている。機会があれば訪ねてみたい場所であったが、実際に行かれたとなるとまたびっくりであった。「鉄が牡蠣をはぐくむ」という言葉は、畠山さんにとってそれほど大きな衝撃であったのだろう。今年の全国大会で再びお会いできることが今から楽しみである。

Author 事務局 : 2008年09月01日01:16

 
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