『石油の呪縛」と人類』

「石油の呪縛」と人類 ソニア・シャー著、岡崎玲子訳(集英社新書)

 石油の価格が急速度で上昇を続けている。
つい先日も原油価格が再び最高値を更新し、ほぼ1バレル80ドルに達したが、これは一九九〇年代の四倍に達する価格である。その影響で、ガソリンは既に大きく値上がりしており、関連する物品やサービス全般に影響を及ぼしている。海外に目を向けると、今やヨーロッパ・アメリカへの長距離の航空券には、2~3万円の追加料金が無条件に付け加えられてくる。アメリカでは燃費の良いハイブリッド車が飛ぶように売れ、通勤に車を乗り合わせることが流行になっている。また石油の代わりに自動車の燃料になるエチルアルコールをつくるために、トウモロコシの生産が急上昇している。そして皮肉なことに、トウモロコシは食料ではなく燃料として値がつけられるようになり、石油につれて価格が上昇するので、食べるためには買いにくくなってしまっている。さらに燃料用のトウモロコシのために、小麦畑がどんどん転用されたこ
とで、小麦の価格がやはり急上昇を起し、この秋には1990年代の3倍になった。日本でも11月からはパンや麺類、菓子が小麦のために値上げされるという(日本経済新聞、9月23日付記事より)。つまり石油価格上昇は,食べ物を含むあらゆる生活必需品の連鎖的な価格上昇を引き起こしており、国内的に
も国際的にも、重大な事態を引き起こしつつある。

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 この異常な事態に対して、我々のまわりにはあまり強い危機感がみられないように思える。値段は上がっているが、その理由はイラク戦争など、突発的なものであり、事態がおちつけば問題も収まる。つまり、石油はまだまだなくなりはしない、というのが、どうも人々の漠然とした理解のようである。昔から石油がなくなるという話はあるのだが、実際になくなったという話も聞かない。今回もそんなに深刻にはならないだろうというわけだ。これは果たして本当なのだろうか?
 本書はこのような疑問を深く考えてみたい人にお勧めしたい本である。著者はフリーのジャーナリストであり、今年になって新書として翻訳されたばかりである。私自身も特に誰かに薦められたり、著者を知っていたりしていたわけではなく、たまたまインターネットで石油がテーマの本を探していて発見したのだが、読んでみてその内容の濃さに驚かされた。これ1冊で、石油の世界を広く見渡すには充分な内容が詰め込まれている。とにかく具体的なエピソードが多く、石油はこのように採掘されているのか、という新鮮な
驚きを受けた。石油というテーマの性質上、取材はほぼ全世界にわたっており、現場の話はもちろん、専門家へのインタビューもたくさん盛り込まれている。かといって200ページ強の文章量であり、どちらかといえば読みやすい部類の本である。翻訳は直訳気味で少し読みにくい箇所もあるが、本書の性質から
してそのほうが意味が伝わるという判断であろう。以下に表紙裏の紹介文を引用する。

 「人間の生活は、石油なしでは成り立たない。私たちは無数の石油製品に囲まれ、移動や輸送、発電など、あらゆるものを石油に頼っている。しかし、過去も現在も、石油は単に恩恵をもたらすだけではなかった。経済的搾取や、資源をめぐる政略と戦争は今も繰り広げられ、地球規模での環境負荷も限界にきている。しかも、石油資源は無限ではない。その枯渇の可能性が叫ばれている今こそ、石油についてもっと知るべきではないだろうか。数10億年を遡る石油の誕生から現代まで、新エネルギーの可能性など
も含め、豊富な取材をもとに、あらゆる角度から解説する。」

 結論を書いてしまうと、本書の内容は、実は既に深刻なものである。しかし、日本の農業の将来を考えるとき、事態はさらに深刻にならざるを得ないだろう。いまや農薬・化学肥料・農業資材・農業機械はすべ
て石油がないと作り出せないし、動かせない。流通も石油による長距離輸送が前提である。石油がさらに値上がりして、このように食糧を作るためには大量に使えない状況になれば、食糧の生産と流通の規模はどんどん縮小するだろう。そのとき、現状ですら自給率が四割以下の状態では、たとえ流通を最低限度にして近場の生産物だけを消費するようにしたとしても、生産量が絶対的に不足する。輸入は既に、価格と輸送の両面から困難となり、大きく縮小しているだろう。

 このように考えてみると、石油の将来の問題についてBM技術協会がいま正面から取り組みを開始することは、まさに時代の要請であろう。石澤理事長の所信表明にもあったが、石油危機を克服できる農業のあり方とはどのようなものか、今後の協会内での議論に期待をしたい。

評者 奥地拓生(名古屋大学環境学研究科教員)


AQUA190号(2007年10月)より転載。 AQUAの購読案内はこちら

Author 事務局 : 2007年10月29日17:21

 
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