『森は海の恋人』

「森は海の恋人」 畠山重篤 著(文春文庫)

今年のBMW技術全国交流会(宮城県・松島にて11月に開催:詳細)にお招きする畠山重篤さんの著書である。13年前(1994年)に刊行されていたが、昨年、文庫になって、多くの人が読めるようになったことを喜びたい。
 畠山さんは、1943年( 昭和18年) 生まれ。宮城県は気仙沼で、牡蠣の養殖をしている。牡蠣は植物プランクトンを食べて育つ。植物プランクトンは、微量ミネラル(無機栄養塩類)がなければ育たない。ミネラルは、気仙沼湾に流れ込む大川が供給する。大川は室根山系の岩石のミネラルを溶かし込んで海に運ぶ。ミネラルは溶けにくい。腐葉土を作るバクテリア類が弱い酸を出しながら岩石を溶かし、同時にミネラルを植物が吸えるように腐植酸(金属錯体)に包み込む。たとえば、フルボ酸鉄として。それが、海の植物プランクトンに届けられる。

HP189.jpg 気仙沼湾とその水系における、このような生態系の循環に誘われるようにして、畠山さんたち漁師は、水源の森に目を向けるようになった。「牡蠣の森を慕う会」を結成して水源に広葉樹を植林する運動を始めた。1989年のことである。今日までに、3万本の植林をした。当時、大川上流に宮城県が計画していたダム建設に反対して、農民たちとともにこれを撤回させた。「森は海の恋人」を合言葉にして。
 本書の初めの部分に、近海に浮かぶ小さな漁船から見た陸(おか)の姿が描かれている。船が進むたびに山々は刻々と姿かたちを変える。この姿かたちを目安にして船の位置取りをすることは、漁師の死活に関わることである。「山測り」と呼ぶのだという。地上で眺めるのとは随分と異なる山々の連なりである。いわば漁師の遠近法へと、パースペクティブの転換が起こる。泳いで沖に出てから振り返って眺める陸の形が、普段見るのと違っている。その驚きに似ている。もしかして魚の視線なのかもしれない。本書はこの漁師の遠近法に貫かれている。農民の遠近法に転換が起きる。ちょうど、畠山さんが森から海を見て驚いてしまうのと似ている。
 「牡蠣の森を慕う会」は、陸の子供たちを海に招くことを始めて、すでに1万人以上の子供たちが参加したという。子供たちは森と海との深い関係を学ぶ。それだけでなく、漁師の遠近法、魚の視線を子供らは学ぶのであろう。畠山さんが子供時代に学んだ漁師の技術のことが本書には記録されている。その多くが60年代を境にして失われた。本書のこの部分を読むと、まるで民俗誌のようにも思われるのである。
子供たちが学ぶだけでなく、本書はまた畠山さんの学び育った過程のようにも読めるのである。
 来るべきBMW技術全国交流会で、本書の著者の話をお聞きするのが楽しみである。

評者 長崎 浩(BM技術協会 顧問)


AQUA189号(2007年9月)より転載。 AQUAの購読案内はこちら

Author 事務局 : 2007年09月17日16:45

 
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