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<title>Book Review</title>
<link>http://www.bm-sola.com/book/</link>
<description>BM技術協会は、BMW技術を研究、活用、普及し、「自然観を変え、技術を変え、生産の在り方を変える」ことを目指すものたちの全国組織です。</description>
<language>ja</language>
<copyright>Copyright 2012</copyright>
<lastBuildDate>Wed, 01 Feb 2012 13:57:30 +0900</lastBuildDate>
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<title>「ファーブルが観た夢」</title>
<description><![CDATA[<p>森 昭彦 著 （ソフトバンククリエイティブ）</p>

<p><br />
　書名を見てすぐ思い出したのは三十数年前に神田の古本屋街で手に入れた岩波書店の文庫（青帯）だった。セロファンのカバーがかかった色あせた文庫本は本棚の肥やしになって、たまに手にとって読みだしてはまたもとに戻しての繰り返しだった。いつまでたっても第一巻から先へ進まない。全二十巻部読み終えるのにどのくらいかかっただろうか。しかもその中身といえば狩人バチと糞コロガシしかあまり記憶に残っていない。それとファーブルがしつこく書いていた、ダーウィンの進化論にある自然淘汰（自然選択）説に対する狩人バチなどの獲物に施す麻酔処理は、初めから持っている本能だと主張していたことが頭に残っているくらいであった。</p>

<p>　さて本書であるが、著者はファーブルが残してくれた自然観察の醍醐味を感じることは誰にでもできることであり、身近な自然を感じるその楽しみについて書いている。<br />
　狩人バチ、ヤママユ、泥バチ、ゾウムシ、そしてスカラベもファーブルが観察していた南フランスの田舎にくらべ、日本はどの種も比べものにならないくらい多い。それは地球における二大急流－偏西風と黒潮－に日本が囲まれており多様で豊かな自然環境がこの日本列島に残されているためであると論じている。さらに、日本列島は巨大プレートがやたらとひしめく「断層の巣」であり国土のほとんどが山地や丘陵であるのは、地殻変動によって皺くちゃにされているためであると。つまり岡山大の奥地准教授がいつも言っている日本列島は地球上で一番新しい岩石が誕生している列島であるために、この日本列島に生物多様性が保持されてきたのだと。</p>

<p>　著者のフィールドで繰り広げられる昆虫たちの生態観察の苦労話にも引き込まれてしまう。観察のため周到な用意をしていてももちろん昆虫はこちらの思惑通りには行動してくれず、偶然というチャンスのほうが自然は思わぬ姿を見せてくれるという。それでもやっぱりファーブルはどうにかしてその偶然でさえも自らのアイデアで周到に準備している。そのアイデアにはまったく驚かされてしまう。そのアイデアと同じことを著者もおこなって観察している。昆虫にとってははた迷惑な悪戯をされるようなものだが昆虫にとっても本能はそう簡単に変えられるものではないと、頑固に決められたパターンを最初から繰り返す。臨機応変という行動が現れることはない。決して見る事が出来ない我が子のために親は決められた本能を忠実に再現するしか命をつなげる術を知らない。<br />
　<br />
　ファーブルが九十二歳で他界するまで全十巻という大著の昆虫記で伝えたかったことは、ファーブル自身がその著作の中で「わたしはこの本を、本能とはなにかという難問をいつの日か少しでも解いてみようとする学者や哲学者のために書いているのだが、それだけではなく、とりわけ若い人たちのために書くのだ。」（集英社刊／「完訳ファーブル昆虫記・第二巻(上)」第一章）<br />
　このファーブルの「夢」を著者は活字の上で想像するだけでなく、「真理」に至るまでの「さまざまな試行錯誤」と、そして昆虫という小さな「ありきたりの隣人たちの暮らし」ほど面白いものはないと、ファーブルの実験と観察を著者の研究フィールドである有機栽培のハーブガーデンにおいて実際に確認するのである。<br />
　ファーブルがおこなったやり方が今でも昆虫の観察に十分有効な手段であることがとても驚きであり、自分でもやってみたいと著者の狙いにはまってしまう一冊である。<br />
　なにはともあれ、「事件が起こっているのは、机の上ではなく現場」なのである。</p>

<p>オマケ：この本の中にＢＭＷ技術のＢ（微生物）に関する面白い記述があります。<br />
　日本にいるルリオトシブミは菌の種を運び育てていることが最近になって発見されたという。生まれてくる赤ん坊のために、そのゆりかごをこしらえるときにメスの後ろ足の付け根にある小さなポッケから糸状菌のタネ（胞子）を植え付けて子供の食物にするのである。なんと微生物を上手に利用するのは、何も人間に限ったことではないのだ。<br />
　また、昆虫に共棲している微生物が指令を出して昆虫の行動を制御しているというのだ。もしかすると我々人間にもその腸内に棲息している微生物だけで何百兆という数が共棲している。その微生物の好みでもしかすると食べ物の好き嫌いが指図されているのかもしれない。<br />
評者：星加 浩二 （㈱匠集団そら）</p>]]></description>
<link>http://www.bm-sola.com/book/archives/2012/02/post_53.html</link>
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<category>934『ファーブルが観た夢』</category>
<pubDate>Wed, 01 Feb 2012 13:57:30 +0900</pubDate>
</item>
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<title>「南沙織がいたころ」</title>
<description><![CDATA[<p>永井 良和 著 （朝日新書）</p>

<p><br />
　南沙織の名を覚えているかたも多いと思う。一九七〇年代初頭、『17才』のヒット曲で鮮烈なデビューを飾った沖縄出身のアイドル歌手である。本屋で手にとって、書評を書く気になった。ちょうど、私の青春に重なる記憶が蘇ったからだ。<br />
　南沙織がデビューしたのは一九七一年の夏。澄んだ歌声と明るく軽快なメロディは、当時の若者を一瞬にしてトリコにしたといっていい。私もその一人だった。沖縄出身ということにも感じるものがあった。翌年に沖縄の「祖国復帰」をひかえ、沖縄返還協定が締結されようとする時期だったのだ。<br />
　この本は、南沙織の生い立ちからスタートする。南沙織はもちろん芸名で、本名は内間明美。出身地については、当時はあいまいな言われ方をしていた。著者自身も芸能人のプライベートを詮索することが目的ではなく、「社会にどう受け止められていたかを考えたいのです」と断っている。デビューの頃は、鹿児島県奄美大島の出身でフィリピン人の父親と沖縄人（ウチナーンチュ）の「ハーフ」だとされた。ただし、「沖縄出身」というプロフィールで紹介する音楽雑誌などもあった。本の結論からいうと、「生みの親は両親とも日本人（ウチナーンチュ）です」と最近のインタビューで南沙織本人が答えているという。生地は沖縄であるが育ての父親はフィリピン人であった。育った地は、沖縄の宜野湾市大山。あの普天間基地の目の前なのである。フィリピン人の父親は、普天間基地の基地労働者で、基地との繋がりから子どもたちを英語のできる環境で勉強させようと、基地に近いインターナショナル・スクールに通わせた。母も「沖縄の日本復帰など永遠にない」と考えていたから賛成した。<br />
　こうした教育環境が、一般のウチナーンチュの生活と沙織はかけ離れた世界に身を置くことになる。それは南沙織の歌や立ち振る舞いに「沖縄らしさ」を感じさせないことに繋がっているのかも知れない。著者は「（デビューした頃は）『沖縄を背負う』ことに戸惑いがあった」、「私は何者なのだろう。（自分の）アイデンティティがわからない」と沙織は悩んでいたのではないかと分析している。沙織は自ら「沖縄」を語ることはほとんどなかった。当時、沖縄と日本の微妙な距離を感じとった一人の少女の心根がうかがえる。<br />
　しかし、二〇〇二年、歳を重ねた南沙織は、沖縄タイムスのインタビューでこう応えている。<br />
　「私は純粋に沖縄生まれの、沖縄育ちです。それは紛れもない事実です。でも（県民の）皆さんが想像するような沖縄育ちといえる立場ではない。（中略）私は27年間のアメリカ統治下の『時代の子』として特殊な世界に暮らし、育ったことをあらためて実感するのです」と、率直に語っている。<br />
　当時は、米軍に土地を奪われ、圧政に苦しむウチナーンチュと、米軍の基地経済に依存して暮らすウチナーンチュが交錯する時代だった。また、米軍人と結婚したウチナーンチュの女性たちも多く、任期を終えた軍人の帰国で置き去りにされた母子も少なくなかった。「ハーフ」の子どもたちが差別された時代である。沙織のいう「時代の子」とは、こんな環境を指すのだろう。しかも、彼女の家族は米軍基地に寄り添う生活であったために、沙織自身、アイデンティティを素直に「沖縄」に求めるのは本人には抵抗があった。<br />
　沙織が10代を過ごした沖縄の60年代後半は、日本への復帰運動が頂点に達した時期だった。過酷な米軍政下では、ウチナーンチュの人権は無視され、法とは米軍の最高権力者である高等弁務官の布告ひとつで決まる時代であった。この圧政から解放されるには、日本の平和憲法への復帰以外にありえない、そう考えたウチナーンチュの「祖国復帰運動」だったのである。一九七二年五月一五日、沖縄は日本に返還された。しかし、「基地のない平和な沖縄、核抜き本土並み」を求めたウチナーンチュの願いは日米政府により返還後も無視され、依然として日本と沖縄の関係は今にいたるまで何も変わらない。密約にまみれた虚構の「返還」であったのだ。<br />
　二〇一一年一月、共同通信のインタビューで57歳を迎えた南沙織はこう語る。<br />
　「普天間のような人口密集地になぜ、いまだに飛行場があるのでしょうか。移設先が辺野古というのもだめ。（中略）とにかく海を汚してほしくない。これが絶対条件です」<br />
　さかのぼって二〇〇二年のインタビューでは、<br />
「沖縄は、私にとって原点であり、ルーツです。素朴で自然に溢れた風景。音楽･･･生まれ育ち、多感な時代を過ごした沖縄のすべてが、今も私の中にいきづいています。故郷沖縄に対する感謝の気持ち、精神的な繋がりは、強まっていくように感じます」<br />
　そこには、「沖縄を背負う負担」「自分のアイデンティティ」に悩む沙織の面影はない。吹っ切れた「時代の子」は、堂々とウチナーンチュの誇りを語っていた。来年で「日本復帰」40周年を迎える沖縄。この著書はアイドル歌手の華々しい舞台の裏側にある、時代の子を強いられた一少女の肖像をも描いていると思う。<br />
評者：大田 次郎 （BMW技術協会 事務局）</p>]]></description>
<link>http://www.bm-sola.com/book/archives/2012/01/post_52.html</link>
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<category>935『南沙織がいたころ』</category>
<pubDate>Sun, 01 Jan 2012 13:56:14 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>「チョコレートの真実」</title>
<description><![CDATA[<p>キャロル・オフ 著 （英治出版）</p>

<p><br />
　チョコレート。この響きだけで幸せになる人は多いのではないか。子どもから大人まで、多くの人がチョコレートのとりこになり、ありとあらゆるスウィーツにはチョコレートが用いられている。しかし、そのチョコレートを、誰が栽培し、どのような経緯をたどり、どう製造されているか、ということを知っている人は少ないのではないだろうか。この本の表紙のそでに本文の抜粋が載っている。「私の国には学校へ向かいながらチョコレートをかじる子供がいて、ここには学校にも行けず、生きるために働かなければならない子供がいる。少年たちの瞳に映る問いは、両者の間の果てしない溝を浮かび上がらせる。なんと皮肉なことか。私の国で愛されている小さなお菓子。その生産に携わる子供たちは、そんな楽しみをまったく味わったことがない。おそらくこれからも味わうことはないだろう」。ここで言われている「溝」は、何世代にもわたって作られてきた溝である。それは暗黒とも呼べる歴史である。そして著者はエピローグの最後を「未来を見通してみるとすれば、ずっと昔から続くこの不公正が正される見込みは、ほとんどない。」と締めくくる。確かに、この本を読んでいると絶望的な気持ちになってくる。同時に、今この世界の中で生きている自分は、この甘い魅惑的なお菓子の裏にある真実を知る必要があったとも思っている。チョコレートが大好きな一人として。</p>

<p>カカオの歴史<br />
　カカオに関する記録は、三〇〇〇年以上前のメソアメリカ（メキシコ南部から中央アメリカ北西部。マヤ・アステカ文明が栄えた地域）のオルメカ人に関するものだという。「神々の食べ物」とされたカカオは、水につけてすりつぶした後、多種多様なスパイスとすりつぶしたトウモロコシを混ぜて粥状にしたものを食べていたそうだ。貴族に愛された飲みものであり、宗教儀式や神々の礼拝と結びついていた。その後、コロンブスの「新大陸発見」。スペインにもカカオが伝わり、一六世紀の終わりには、新大陸とヨーロッパの交易の主軸商品になる。需要が拡大するにつれて、カカオ農園が拡大されていった。過重労働、虐待、戦争などで多くの先住民が死んでいく中、労働力不足の解決策としてアフリカ人奴隷が新大陸へ送られた。一方、ヨーロッパでは次第にチョコレートが広まり、貴族たちを魅了した。<br />
　一九世紀に入り、産業革命が起こり、かつては富裕層だけが楽しめたチョコレートは、労働者階級でも手に入れることができるようになった。ヨーロッパやアメリカでは粉末ココア、板チョコ、ヌガーを入れたチョコレートバーなどが開発され、手軽に食べられるチョコレート菓子が作り出されていく。バンホーテン、キャドバリー、ハーシー、マーズなど、現在名前が知れているチョコレート会社は、その当時に一旗あげた人物たちの名前である。しかし、そのチョコレート産業の成長を支えていたのは、奴隷制度によって成り立っていたカカオ・プランテーションである。二〇世紀前半カリブ海地域やスペインの植民地地域のカカオ農園で病害が発生し、カカオの産地はアフリカへも広がったが、ここで変わらなかったのはアフリカ人がカカオ・プランテーションで過酷な労働を強いられることだった。<br />
　アフリカでのカカオ生産は、巨大企業と腐敗した政府の癒着、引き起こされた内戦による武装勢力の衝突、価格の決定権をもたない農園経営者が生き延びるために児童労働と虐待を繰り返す。こうした不正義に立ち向かうおうとしたジャーナリストは、死の危険にさらされる……。一方で、ヨーロッパやアメリカでは、アフリカからのカカオを使ったチョコレートの販売が伸びていく。</p>

<p>チョコレートの未来<br />
　時代はめぐり、昨今は倫理的な買い物をしたいという消費者が増えてきた。反グローバリゼーション、環境問題への意識が高まり、チョコレートに関してもオーガニックやフェアトレードといった商品が増えていく。イギリスで始まったこうした動きは、グリーンなマーケットに受け入れられるに従い、多国籍企業にも見過ごせないものとなる。始めは運動意識を持って立ち上がった会社も、次第に巨大資本の買収にあう。この株式売却は、企業責任を教える「逆乗っ取り」だといわれているが、それを行うのは至難の業だ。一方フェアトレードの生産地側からは、フェアトレードの認証を取るためのコストや書類整備が大きな負担だと声が上がる……。<br />
　さて、日本のチョコレート事情だが、カカオ原料の七割はガーナから来ているという。『チョコレートの真実』は、主にヨーロッパ・アメリカとコートジボワールの関係について書かれているので、そこと日本のチョコレート市場がどうつながっているかは分からない。本文の中では、コートジボワールの内戦やカカオの価格操作などで、ガーナへの密輸もあると書いてあった。いずれにせよ、これだけ日本にもチョコレートが出回っているわけで、多かれ少なかれ状況は変わらないだろう。幸い、日本にはまだ企業に乗っ取られていない、顔の見える形でフェアトレードのチョコレートを販売している団体もある。私たちには選択肢があるということだ。著者も書いていたように、今存在するつくる者、食べる者の溝を埋めることは不可能に近い。しかし、その溝を埋めようとする試みは、まだ私たちにはできると思う。<br />
評者：吉澤 真満子 （特定非営利活動法人APLA）</p>]]></description>
<link>http://www.bm-sola.com/book/archives/2011/12/post_51.html</link>
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<category>936『チョコレートの真実』</category>
<pubDate>Thu, 01 Dec 2011 13:54:47 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>「木田金次郎  山ハ空ヘ モレアガル」</title>
<description><![CDATA[<p>斉藤 武一 著 （北海道新聞社刊）</p>

<p><br />
　北海道を代表する洋画家、木田金次郎の生涯を描いた『木田金次郎 山ハ空ヘ モレアガル』は、著者、斉藤武一さんの渾身の一作である。斉藤武一さんは、北海道・泊原発に反対する岩内町在住の運動家であり、他方、泊村、岩内町をこよなく愛する郷土作家としても活躍している。斉藤さんが同郷の画家、木田金次郎の足跡をこの書にまとめたのは、何よりも、木田金次郎の生き様に深く共感したからにほかならない。<br />
　それでは、木田金次郎とはどんな人物か。木田金次郎は、一八九三年（明治二六年）、北海道、積丹半島の西の付け根にある岩内に生まれた。金次郎が生まれた頃の岩内は、ニシン漁の豊富な漁獲高で町は潤い、商業も発展した。しかし、ニシン漁の最盛期は二〇年ほど続いた後に衰退した。金次郎は、町の盛衰に振り回される海産物商の次男に育ちながらも、父親の支援もあって一四歳で東京の開成中学に入学した。大好きな絵や語学を学ぶためである。しかし、父親の家業が傾きかけると、家業を手伝うために、帰郷をよぎなくされる。短い東京生活ではあったが、そこで人生最大の転機を迎えるきっかけになった。当事、白樺派の中心人物として活躍していた作家、有島武郎との出会いである。有島武郎は一八七八年（明治一一年）、東京、小石川の裕福な家庭で生まれた。生い立ちは貧しい金次郎とはまったく逆の境遇であったが、やさしく迎え入れてくれた有島との交流がはじまった。有島に金次郎の絵が目に留まったからである。金次郎は有島に絵を送り、手紙をそえた。<br />
　「山ハ絵ノ具ヲドッシリ付ケテ、山ガ地上カラ空ヘモレアガッテイルヨウニ描イテ見タイモノダト思ッテイマス」<br />
　有島は、岩内の自然、風景を描く金次郎の絵画への気迫と、故郷、岩内への強い執着をこの一文から読み取った。斉藤さんが本書のタイトルに選んだのも、金次郎の絵画の核心がこの言葉に刻まれていると見たからであろう。<br />
　故郷に帰った金次郎は、厳しい漁師生活の傍ら、絵筆を握る生活を続けた。やがて、有島は金次郎との交流をモデルに一九一八年（大正一二年）小説「生まれ出づる悩み」を世に発表することになる。だが、小説のモデルにされた金次郎は、この有名な小説の重圧を生涯背負うことになる。<br />
　ここで、有島武郎と木田金次郎の時代背景に触れてみよう。有島と木田が生きた二〇世紀初頭は、日本では大正デモクラシーが勃興し、欧米の社会主義の浸透などもあり、日本の知識人に大きな思想的な影響を与えた。有島は、渡米後、社会主義を学び、ホイットマンやイプセンらの西欧文学の強い影響を受けたといわれる。さらに、アナーキストの大杉栄との親交もあった。実生活では、北海道に所有していた自らの農場を小作人に解放するなど、先進的な思想の持ち主であった。そんなことが、貧しい漁民にすぎない木田金次郎の才能を高く評価し交流していくことに繋がったと思われる。金次郎自身も、時代の寵児ともいえる有島との出会いは、生涯の心の支えになったことは間違いない。思想的な影響も深く、人間愛、戦争観、自然観など、金次郎の発する言葉の端々に有島の影響をみてとることができる。帰郷した金次郎が、再び絵の勉強をしようと上京を希望したとき、有島は「東京に出るよりも少なくとももう暫くはその地に居られて勉強をなさったら如何です。君の画のように立派な特色を備えた画は余計な感化をうけないで純粋に発達させたほうが遥かに利益だと思います」と突き放した。有島は金次郎のように故郷の自然を心の眼力で描いた作品には、中央画壇の技巧などは必要ないと諭したのだ。この瞬間に、木田金次郎の固有の画境の道を開いたといっても過言ではない。<br />
　著者の斉藤武一さんは、木田金次郎の、岩内という地域にこだわり続けた画家としての姿勢に強く共感を抱いている。いま、岩内は、泊原発に翻弄されて町の衰退は著しい。この本は、故郷、昔日の岩内には、木田金次郎のような逸材が存在していたのだと誇らしく語りかけているようだ。<br />
＊木田金次郎の作品を観るには、岩内町にある木田金次郎美術館を訪ねてください。</p>

<p>評者：大田 次郎  （BMW技術協会 事務局）</p>]]></description>
<link>http://www.bm-sola.com/book/archives/2011/11/post_50.html</link>
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<category>937『木田金次郎  山ハ空ヘ モレアガル』</category>
<pubDate>Tue, 01 Nov 2011 13:52:30 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>「創造的福祉社会」</title>
<description><![CDATA[<p>「創造的福祉社会」―「成長」後の社会構想と人間・地域・価値　　広井 良典 著 （ちくま新書）</p>

<p>評者　岡田 哲郎 （NPO支援センターちば・理事）</p>

<p><br />
　「近代の終焉」とさけばれてもう３０年が過ぎ、ポストモダンという言葉さえ賞味期限切れ感のある今日、私たちが生きている時代とは何なのか。経済発展至上主義が行き詰まり、新しい価値観による世界設計が明確化していない移行期的混乱であり、その状況は今も続いている。「近代」を克服しようとする動きは、しばしばポストモダニズム（脱近代思潮）と呼ばれ、多くの知識人からいろいろな未来像が提起されている。<br />
　本書もこの範疇にあり、「定常型社会」や「創造的福祉社会」などポスト資本主義に関する著作も多い。本書も著者の一連の課題をトータルな視点からの一見対立するような「創造的」という概念と「福祉社会」あるいは「定常経済システム」が、相互に補強する関係に立つような社会ないし時代を私たちが迎えつつあるというポストモダン以後の社会への問題提起である。<br />
　本書の構成は、第一の軸「時間／歴史軸」《私たちはどのような時代に生きているか》、第二の軸「空間軸」《グローバル化とローカル化はどのような関係にあるか》、第三の軸「原理軸」《私たちは人間と社会をどのように理解したらよいか》の三つの軸からなっている。<br />
　第一章は「創造的定常経済システムの構想――資本主義・社会主義・エコロジーの交差とし、第一の軸を展開し、「ここ数百年続いた資本主義システムあるいは産業社会がある種の飽和ないし生産過剰に陥っている……現在の私たちが直面しているのは、人類史の中でいわば第三の定常期への移行という大きな構造変化」で、定常化の時代は「一つの大きなベクトル」や義務としての経済成長から人々が解放され、真の意味での各人の『創造性』が発揮される社会とし、時間･歴史軸で見ると「経済の拡大・成長と定常化」というプロセスを踏んで①人類誕生から狩猟・採集時代後半(心のビッグバン）、②一万年前の農耕成立から後半（枢軸時代／精神革命）、③２００年前以降産業化／工業化における社会構造の変化で現在人類史の中で三度目の定常化の時代であるとする。<br />
　第二章は「グローバル化の先のローカル化――地域からの〝離陸〟と〝着陸〟」と第二の軸の内容を展開し、時間軸に対してここは空間軸であり、生活領域とその主体者としての生活者の社会との関係性の問題である。物質的な満足から国民総幸福（「ＧＮＰ」に対する「ＧＮＨ」）の追求であり、「地域の豊かさとはそもそも何か」であり、①成長・拡大志向ＶＳ定常志向、②グローバル化ＶＳローカル化、③「自立」ＶＳ再分配、④高福祉・高福祉負担ＶＳ低福祉・低負担という課題であり、定常化の時代は「各地域の風土・伝統・文化といった固有の価値や多様性に関心が向かう時代になる」市場経済の拡大とともに地域コミュニティや場所といったものから一貫して離陸してきた人々が、もう一度そうしたところに着陸していく」時代であるとする。<br />
　第三章は「進化と福祉社会――人間性とコミュニティの進化」と第三の軸を展開する。その内容は、数百年～数千年ないし数万年単位の時代の節目における「社会に関する構想」と「人間の探究」で、人類史全体の歴史的視点と原理的な考察を行い、現在が〝第三の定常化〟状況と考察している。<br />
　経済成長あるいは物質的生産の拡大の時代は、〝市場化・産業化・金融化〟という大きなベクトルが支配的で、生産拡大に寄与する行為や人材が「価値」あるものとされ、創造性もそうした枠組みの中で定義される。しかし現在の状況は、環境的制約や第一章で論じた〝過剰〟とそれによる貧困という点、ポジティブな内的価値や生きる根拠への人々の渇望という点など、生産への寄与や拡大・成長とは異なる次元での「（存在そのものの）価値」が求められ、定常期においてこそ人々の質的・文化的な「創造性」が多様な形で展開し、こうした価値に関する議論を社会システムの構想とつなげると、第一章の〝資本主義と社会主義とエコロジーの融合〟そして「創造的定常経済システム」と呼ぶべき社会像と重なるとしている。<br />
　ポストモダンの定まらぬ今、著者の提起する社会像も構想段階といえ、一つの大きな問題提起であり、今後の現実化への発展を期待したいと思っている。<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.bm-sola.com/book/archives/2011/10/post_49.html</link>
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<category>938『創造的福祉社会』</category>
<pubDate>Sat, 01 Oct 2011 12:13:06 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>「原発を終わらせる」</title>
<description><![CDATA[<p>「原発を終わらせる」　石橋 勝彦 編 （岩波新書）</p>

<p>評者　阿部 均  （株式会社 米沢郷牧場  事業部長）</p>

<p>　本の帯には「脱原発以外に道はない　そしてそれは可能だ！」とある。本書は、それぞれの論者（研究者やジャーナリスト）が限られた紙幅のなかで「原発の問題性」を検証しており、様々な立場の意見を一度に読め、また多面的に検証することの必要性を教示してくれるものである。<br />
　Ⅰ「福島第一原発事故」の検証、Ⅱ科学・技術的側面から、Ⅲ社会的側面から「原発そのもの」の検証、Ⅳ原発をどう終わらせるか、の検証がなされているが、多方面からの考察ということで、リアルタイムの議論の的があるのは当たり前で、初めて目にする「論」「概念」も多々ある。<br />
　福島第一原発事故の現状では、一号機が地震（「耐震脆弱性」）により（津波より前に）冷却材喪失で「超特急メルトダウン」の最悪のシミュレーションが考えられ（田中三彦氏）、溶けた核燃料と炉内構造物（溶融デブリ）がどこにあるか未解析の状況がある。格納容器は設計上、メルトダウンには耐えられず（おかげで格納容器の爆発がなかった）、炉心は外界と直接つながり放射性物質（チェルノブイリの三倍以上）を出し続けている（後藤政志氏）等、未解明ながら事故処理がいかに大変かを説いている。<br />
　鎌田遵氏の「福島原発避難民を訪ねて」では「エコサイド」という言葉が強く印象に残る。それは、生態系、ひとびとの暮らし、健康、さらには伝統文化まで根本から破壊しつくす文明の暴力、とある。アメリカ先住民の研究者は、彼らがウラン採取、核実験、核廃棄物最終処理場として凌辱され、大地や健康を破壊され、移住を余儀なくされたことと、福島第一原発周辺から避難してきた人たちは同じと断じている。また、東北電力が浪江町に建設しようとした「棚塩原発」と反対運動はあまり知られていない。もし棚塩原発ができていたら、被害はさらに大きくなっていたこと、土地を最後まで売り渡さなかった反骨の農民・舛倉隆氏の不買運動の評価にも言及している。<br />
　原発の何が問題かでは、「不完全な技術」「先の見えない技術」として完膚無き評価が下されている。玄海原発で問題になっている「圧力容器の照射脆弱」（原発はもともと三〇年ないし四〇年の寿命を想定して設計）と、高レベル廃棄物の地層処分にとって重要な「オーバーパックの耐食性」（誰も予測できない）（井野博満氏）。原発事故の被害試算が五〇年前に行われているが、そこでは放出条件と気象条件によって大きく変化があるが、人的・物的被害が国家経済の破綻の可能性まで出ていた（今中哲二氏）。日本の原発は「地震付き原発」という特殊な原発であり、危険性を制御しきれない。生命と地球の安全と清浄のために存在すべきでない（石橋勝彦氏）。「安全神話」はもともと、立地地域住民の同意を獲得し、立地審査をパスするために作り出された方便にすぎない（吉岡斉氏）。<br />
　伊藤久雄氏の「原発依存の地域社会」では、福島の自治体や全国の原発立地市町村の財政状況を俯瞰している。清水修二氏の「原発立地自治体の自立と再生」とも絡んでくるが、そこには「安全神話（瓦解した）」とともに「麻薬神話（一度受け入れてしまったら二度と足をぬくことはできない）」もあり、複雑な状況が露わとなっている。<br />
　そして「原発を終わらせるための現実的かつ具体的な提案」となる。そこでは「国策民営」の原子力政策を主に日本の政治・経済の根本的な問題点を解明し、対案として「エコロジー的近代化（環境と経済の両立）」が説かれ、分散型ネットワーク社会、ドイツのエネルギー政策、住民自治（地域）力の向上等に触れられている。<br />
　止まれ！ここで言われているエネルギー政策から導き出される「第三次産業革命」（情報通信産業とそれを媒介としたサービス産業が主軸となり、イノベーションを主導）とかをそのまま受け入れられるのだろうか。<br />
　確かにエネルギー政策の転換（「脱原発」）はたぶん（…）可能となるだろうが、飯田哲二氏が言うように「経済のありようは様々な要因から決まり、エネルギーはその一つに過ぎない。しかし、エネルギーは経済のありように大きく影響される。重要なのは両者のバランスである」。主客転倒してはならない。あくまでも主は「環境と両立できる経済」であり、それに「エネルギー」を合わせるべきである。<br />
　今必要とされているのは、エコサイドからの脱却をはじめ、農業・漁業等の一次産業の復旧・復興の道筋を優先し、持続可能な発展を前提とした循環型社会を真摯に模索することである。</p>]]></description>
<link>http://www.bm-sola.com/book/archives/2011/09/post_48.html</link>
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<category>939『原発を終わらせる』</category>
<pubDate>Thu, 01 Sep 2011 12:08:49 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>「放射能汚染の現実を超えて」</title>
<description><![CDATA[<p>「放射能汚染の現実を超えて」　小出裕章 著 （河出書房新社）</p>

<p>評者　岡田 哲郎 （NPO支援センターちば・理事）</p>

<p>　この著書は、旧ソ連・チェルノブイリ原子力発電所事故により世界中に撒き散らされた放射能被害の実態や対策、原子力・原発に対する思想を明らかにしたもので、１９９２年に出版されたものを福島原発事故のあと、河出書房新社により５月に復刻されたものである。<br />
　その「序」で人類は他の生きものたちとの比較でいえば高い知能をもった生物として「原爆や原子炉によって人類は放射能」を生み出すことができるようになったが、しかし人類にできないことも無数にあり、一度生み出してしまった放射能を消すことができないし、時間をもとに戻すこともできない。その結果として、人類の生活環境に撒き散らされた放射能汚染からは免れることができないという冷徹な事実を指摘している。<br />
　「人類はいずれ絶滅する。生物として当然のことである。恐れるべきことでもないし、避けられることでもない。それと同じように、一人ひとりの人間もどんなに死を恐れ回避しようとしてもいずれ死ぬ。一人の人間など、ある時たまたま生をうけ、そしてある時たまたま自然の中に戻るだけである。人間の物理的な生命、あるいは生物体としての生命に尊厳があるとは、私は露ほどに思わない。もし人間に尊厳があるとすれば、命ある限りその一瞬一瞬を、他の生命と向き合って、いかに生きるかという生き方の中に、それはある…（中略）…私が原子力に反対しているのは、事故で自分が被害を受けることが怖いからではない。ここで詳しく述べる誌面もないしその必要もないと思うが、原子力とは徹底的に他者の搾取と抑圧の上に成りたつものである。その姿に私は反対している」と、生き方の中にこそ生命の尊厳はあるという科学者と哲学者の目を持っている。<br />
　最初の「チェルノブイリの死の灰はどこへ行ったのか」の章では、原発の大事故による汚染地域の被害状況がソ連・ヨーロッパに限らず日本（８２００キロ）、さらには地球規模へ拡大や食品汚染の広がりによるソ連・ヨーロッパ地域の深刻な被害は、セシウム汚染で約80万人強ががんで死ぬという予測になり、ヨウ素、ストロンチウム、プルトニウムなどを加えた予測では１００万から２００万人に達し、しかもそのほとんどが発がんの危険度が高い幼児、とくに０歳児に犠牲が集中し、原子力弱者としての子供たちの存在を明らかにしている。さらに、「原子力」の社会に及ぼす関係性について「弱い人たちを踏み台にした『幸せ』」として、飢餓地域の第三世界への汚染食品の押し付けや都市でなく地方に立地する「原発」など、「原子力」に潜む、人間差別の上にしか成り立たない構造を指摘している。<br />
　加えてまた、地球環境問題に関する著者の主張は、石油や石炭などの化石資源枯渇説、ＣＯ２温暖化原因説や原子力発電所が停止しても発電能力に問題がないなどの原子力推進派からの批判を、「共同幻想」として退け、原発こそ「海暖め装置」として機能し、原子力発電所が停止しても発電能力に問題がないこと、最近の日本政府やマスコミは放射性物質が検出されるたびに、「ただちに健康に影響を及ぼす量ではありません」、「ただちに避難の必要はありません」と繰り返すが、著者の主張は、「ただちに」というのは「急性障害は起きない」という意味で、たとえ被曝量がそんなに多くなかったとしても後々被害（晩発性障害）が出ることもあり、アメリカ科学アカデミーの中に放射線の影響を検討する委員会(BEIR)の報告として、「被曝のリスクは低線量にいたるまで存在し、閾値（しきいち）なし」と指摘している。<br />
　最終章に「火力発電の代わりに原発を使えば、石油や石炭の消費量が減ると考えていることは誤解である。原発を動かすためには、すでに述べたように核燃料サイクルと呼ばれる一連の工程が不可欠であり、それらを建設、維持するためにはすべて石油や石炭、その他大量の資材が必要」とある。核廃棄物の気の遠くなる時間の管理も考えれば、「原発」は合成の誤謬であり、著者の脱原発への信念が窺える。<br />
　なお、最新情報を盛り込んだ著書が数冊出版されている。参考資料として、「隠される原子力核の真実」（総史社）、「原発のウソ」（扶桑社）も参照ください。<br />
</p>]]></description>
<link>http://www.bm-sola.com/book/archives/2011/08/post_47.html</link>
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<category>940『放射能汚染の現実を超えて』</category>
<pubDate>Mon, 01 Aug 2011 11:55:52 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『内部被爆の脅威』――原爆から劣化ウラン弾まで</title>
<description><![CDATA[<p>肥田舜太郎／鎌仲ひとみ 著 （ちくま新書）</p>

<p><br />
　放射能汚染という、<br />
		生産者と消費者の分断<br />
　東京電力福島第一原子力発電所の事故で、パルシステムは苦しい立場に立たされている。悩んでいる。<br />
　乳幼児のいる母親から切実な不安が寄せられている。パルシステムは農薬や化学肥料と同じように政府の基準より厳しい基準を採用し自主検査を徹底して安全性を確保して欲しいと言う。国の放射能汚染の暫定基準値を守るとしたパルシステムの方針に不信を表明するものである。<br />
　一方、生産者からも不安の声が寄せられる。自分達が使った農薬なら残留もわかる。しかし空からの汚染が不均等に拡散してくる。これはわからない。各団体の自主検査の結果で排除されたら今後どうしたらいいかわからない。原発事故現場からの距離ならわかる。放射能拡散の実態がわからないままでは田畑の栽培をどうするか本当に迷っている。将来が見通せない。農業をつづけることができない。<br />
　こうした両者からの不安のまえに、危険なものは危険として排除すること、そしてその汚染地域の管理を徹底すること。これで生産できないことの補償を東京電力並びに国が完全に補償することが必要だ。このことで不安を少しでも排除することが求められる。ところが、この危険性について専門家や学者の見解がわれているのである。だから困ってしまうのだ。<br />
　もちろん、パルシステムはじめ多くの生協や有機農産物などを扱う団体では厳しい基準で管理をしていきたいと考えているはずである。ところがこれがそう簡単ではない。汚染区域の特定も汚染品目の特定も安全基準の考え方に左右され、そのことで県や市町村といった行政区単位でも対応が異なってしまうからだ。やはり国内において統一した基準を明確にし検査体制も充実した徹底した安全管理が求められている。いつまで暫定基準とするのか。<br />
　<br />
　放射能基準の困難性<br />
　じつは肥田先生によると、世界的には内部被爆をめぐる見解の相違があるという。アメリカを中心とする国際放射線防護委員会（ＩＣＲＰ）と欧州放射線リスク委員会（ＥＣＲＲ）の見解は異なっている。ＩＣＲＰは内部被爆も体外被曝と同様に許容量を定め、ＥＣＲＲは許容量ゼロ以外は安全ではないとしている。ヨーロッパの科学者グループであるＥＣＲＰは１９４５年から８９年までに放射線被爆で亡くなった人を６１６０万人としている。ＩＣＲＰはこれを１１７万人とする。ＥＣＲＰは一般人の許容限度を０・１ミリシーベルト／年、以下とＩＣＲＰの10分の１としている。まるで数値が異なっている。学者の説が定まっていないのだ。そこで経済と政治がまかり通ることとなる。<br />
　<br />
　内部被爆と低線量放射線被爆<br />
　ペトカウ効果について書かれている。カナダ原子力委員会のホワイトシェル研究所のアブアム・パトカウが発見したもの。「細胞は、高線量放射線による頻回の反復放射よりも、低線量放射線を長時間、放射することで容易に細胞膜を破壊することができる」というもの。つまり核爆発のような強力なガンマ線などの外部被爆よりも食物などで取り込まれた低線量のアルファ線やベータ線などがずーっと続けて細胞に影響をあたえることの方が怖い。遺伝子の復元作用の妨害と傷つけられた細胞の生き残りによる変異の継続によると想定されている。つまり発ガン作用は内部被爆の方が大きいという。生きて苦しむ。<br />
　また自然放射能と人工放射能の違いの指摘も衝撃的。生物が自然放射能を学んできたため排出作用などの対応が見られるが、人工放射能の場合は特定臓器などに蓄積し継続した害をなすという。ここを意図的に混同する言説がある。</p>

<p>　核との共存はありえない<br />
　原子力爆弾であれ、原発であれウランを採掘し濃縮する過程から被爆はおこり、すべての工程と最終廃棄物までに人々の放射線被爆がおきている。その意味で世界最大の被爆国はアメリカだといい、その深刻な実例が紹介されている。さて、世界唯一の被爆国とされてきた日本が原発大国となり、そしてその東京電力が福島第一原発で重大事故をおこした。なぜ止められなかったか。肥田先生は、原爆の被害の深刻さをじつは受け止めきれていなかったと語る。核と人類の共存はありえないことを真剣に考えられなかったのだと指摘する。わかっていなかった。</p>

<p>　エネルギー論争の前に核利用の廃止を<br />
　ウラン、プルトニウムなど核分裂物質は、人間が制御できず深刻な害を及ぼす。これを利用しようとする愚かさと恐怖。いま私たちはこの真の恐怖を知る。この著作から感じ取ることができるか。ここから始まる。</p>

<p>評者：山本 伸司 （BM技術協会常任理事・パルシステム生活協同組合連合会）</p>]]></description>
<link>http://www.bm-sola.com/book/archives/2011/07/post_54.html</link>
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<category>941『内部被爆の脅威』</category>
<pubDate>Fri, 01 Jul 2011 23:30:53 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『ダンゴムシに心はあるのか』</title>
<description><![CDATA[<p>　書店で手に取り目次を開いてまず目に飛び込んできた文字が、「石の心」。ダンゴムシにだって「心」はあるんだから、ＢＭＷ技術にかかわるものとしては石にだって「心」はきっとあるだろうと思った。</p>

<p>　まず著者は、第１章で、「心とは何か」を言葉でもって定義をしていく。「心」とはある隠れた活動部位であり、その働きは状況に応じた行動の発現を支えるために、余計な行動の発現を抑制する「内なるわたくし」が「心の実体」であると定義づけをしている。その「心の実体」は、観察対象を「未知の状況」に遭遇させ、隠れた活動部位が「予想外の行動を発現すること」を観察することで、その心の存在を確かめる事ができるのだと著者はいう。その心の概念をつかむ実験は、あらゆる観察対象において存在を実感し、実証できる手段である。<br />
　ここで著者は思考実験として「石の心」を見いだしてみせる。観察者は庭先の石は静止しているのではなく、「静止しようと行動している」とみなせなくてはならない。なぜなら隠れた活動部位は、特定の行動（静止）の発現を支えるために働くことで初めて見いだされるからです。そして石の表面は大気や土と接していて、それらとのさまざまな化学反応の作用を受けて劣化している。長い時間が経過すると石の表面は剥がれるかもしれない。重要なのは、その劣化速度は、「石によって調整される」ということ。石の表面がじわじわと剥がれるとき、剥がれていく石の分子が、まだ剥がれていない石の分子との結合をいつ離すのか。その瞬間は、両分子によって決められているとしか言いようがない。すなわち、石は、劣化速度を調整している。換言すると石の表面の劣化速度を調整することで、石は静止しているという行動を発現していると言える。このとき劣化速度に係わらない「他の部位（分子）」もまちがいなくなんらかの活動をしている。その活動の仕方によっては、石の変形、すなわち静止に対する余計な行動が発現するかもしれない。したがって石が静止しているときは、他の余計な行動が抑制させているとみなすことができ、石においてさえ「隠れた活動部位」＝「石の心」が存在しているとみなすことも可能になるという。<br />
　ちょっとややこしい概念であるが、岡山大の奥地拓生准教授が良く話されるＢＭＷ技術は岩石からミネラルを取り出すことを自然界における反応より何倍も早く実現させているという。そうかこれが、岩石にとっての「未知の状況」にＢＭＷ技術よって遭遇させられことで、隠された活動部位「石の心」が発現されたのだと、私は心にすっとはいっていく気がした。（もちろんダンゴムシの心を探る話がこの本の核心である。）</p>

<p>　第２章から、ダンゴムシの「心」を現前させる「未知の状況」を作りだし、ダンゴムシに「予想外の行動」を発現させる、それこそがダンゴムシが持っている「心」であると。<br />
　著者は心を見出すにはある「流儀」が必要で、その本実験にとりかかるためにはダンゴムシととことん付き合って、ダンゴムシの「未知の状況」でない日常を知ることを自分のものとしなければ、「未知の状況」を作りだす実験にはいっていくことができない。著者は十年以上ダンゴムシと付き合って、ダンゴムシの心を見いだす、ある「流儀」を自分のものとしたのである。</p>

<p>　実際の実験は、ダンゴムシのジグザグに歩行する交替制転向という特定行動（ヒトからゾウリムシに至るまで広範囲で観察される）をもとにして、著者が考えだした「未知の状況」を作り出す、多重Ｔ字迷路、水包囲アリーナ、環状通路などの実験装置をつくり、ダンゴムシに「予想外の行動」を起こさせている。それらの装置の上を、選ばれたダンゴムシが歩いていく。延々と続くＴ字路、水に囲われた広場など、どこまで歩いていっても通常の自然のなかでは起こり得ない状況のなかをダンゴムシは歩いていく。すると中には通路から外れて壁をよじ登るもの、水中に入っていくダンゴムシが現れる。これだ、この予想外の行動を発現させている隠れた活動部位としての「心の働きの現前」なのだ。つまりダンゴムシにも「心」はあるのだ。</p>

<p>　第３章では、ダンゴムシ実験の動物行動学的意味。ダンゴムシによる実験は、従来からある動物行動学の考え方と深いつながりを持っていることが語られている。<br />
　第４章では、「心の科学」の新展開としてこれからの展望を、タコにおける今までの実験結果や、沖縄県西表島でのミナミコメツキガニを観察対象に取り上げて、「社会の形成」を探る新しい実験などを紹介している。著者にとって観察対象と長期にわたる付き合いは、研究者の新たな楽しみでもあるようだ。</p>

<p>　福島県で起きた放射能汚染という「未知の状況」に放り込まれた、海、山、森、川、石、土壌、動物、植物、昆虫、そして微生物は、「予想外の行動の発現」としてかれらはどんな「心の動きの発現」をするのだろうか。われわれ人間の文明に対するさらなる自然の脅威になるのだろうか、それとも･･･。</p>

<p>評者：星加 浩二 （株式会社 匠集団そら）</p>]]></description>
<link>http://www.bm-sola.com/book/archives/2011/06/post_55.html</link>
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<category>942『ダンゴムシに心はあるのか』</category>
<pubDate>Wed, 01 Jun 2011 02:00:54 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『イーティング・アニマル』</title>
<description><![CDATA[<p>ジョナサン・サフランフォア  著 （東洋書林）</p>

<p>　アメリカでは、毎年一〇〇億をこえる陸上動物が、人間の食用として命を奪われているという。その肉の九九％以上が「工場式畜産」で生産されているそうだ。著者はこの本で、極大化したアメリカの工場式畜産と食肉処理場の現在をつぶさに描写し、その問題を明らかにしていく。</p>

<p>　工場式畜産とは、工業化され、集中的に行われる畜産農業のこと。その徹底によって、食品としての安全性だけでなく、公衆衛生や環境汚染、食料の枯渇、地球温暖化などにも、直接に悪い影響を与えてきた。<br />
　その現場は、日本人の我々の想像を超えてグロテスクだ。ところが、生産現場の出来事はフタをされ、消費者は、そこで何が行われているのか、知らされることはなかった。牧歌的なイメージのＴＶＣＭで味付けされた肉は、気にかけられることなく、大量、広域に流通し、消費されるようになっていった。こんな状況だったので、工場式畜産と食肉処理場の実態は、全米の消費者に少なからずのショックを与えたそうである。<br />
　ちなみに、向こう側が隠されているという意味で、ふと今回の福島第一原発事故が浮かんだ。現場の労務や倫理上の問題のほか、似ている点も多いと思うが、アメリカの消費者は、この方式が世界の畜産や農業の方式に悪影響をあたえていることについても、ほとんど知らないのだという。</p>

<p>　ご存知の通り、高度成長を遂げる七〇年代以降の日本は、このアメリカ型の食肉生産の考え方やシステムを、近代化という名前で積極的に導入してきた。<br />
　効率化も規模拡大も悪くはない訳だが、上述の通り、副次的な負の影響に目をつぶって成長し「継続不可能性」を増大させてきた工場式畜産は、アメリカほどではないにせよ、日本の畜産にも、同様の課題を波及させているだろう。<br />
　著者は「何を食べるかを選択し決断することは、生産と消費の基礎となる行動であり、それがほかのすべてのありようを決定する」という。<br />
　工場式畜産という方式は、コールドチェーンが発達し、大量広域の物流が実現した、現代というシステムそのものに、よくフィットする。しかし一方で、現代の消費の先導役は、以前のようなカロリーや利便性ではなくなっている。環境保全や社会貢献など、エシカル（ethical：倫理的）なことが、商品選択のものさしとなり始めているのだ。<br />
　こう理解するとき、我々は、畜産について、生産方式だけでなく、家畜福祉や、さらには「肉食」という食習慣にまで、視野を広げて向き合わねばならなくなるのだと思う。この本で展開されている対話の数々｜ヴェジタリアンや良心的生産者との｜は、そのような視点から、示唆に富む。</p>

<p>　かつて、家畜への倫理観についてのアメリカ人の考え方は、「食べるな」でも「気にかけるな」でもなく、「気にかけながら食べろ」というものだったそうだ。イーティング・アニマル｜食べる動物たる人類｜にとって、「肉食」は、その選択と決断の過程にある行為であり続ける。</p>

<p>評者：竹内 周  （らでぃっしゅぼーや株式会社）</p>]]></description>
<link>http://www.bm-sola.com/book/archives/2011/05/post_56.html</link>
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<category>943『イーティング・アニマル』</category>
<pubDate>Sun, 01 May 2011 23:34:59 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『暗闇の思想を』</title>
<description><![CDATA[<p>松下 竜一  著 （現代教養文庫）</p>

<p>　「あえて大げさにいえば、『暗闇の思想』ということを、この頃考え始めている。比喩ではない。文字通りの暗闇である。きっかけは電力である。…もともと、（原子力をも含めて）発電所建設反対運動は公害問題に発しているのだが、しかしそのような技術論争を突き抜けて、これが現代の文化を問い詰める思想性をも帯び始めていることに、運動に深くかかわる者ならすでに気づいている。…電力文化を拒否出来る思想が。」「暗闇に耐える思想とは、虚飾なく厳しく、きわめて人間自立的なものでなければならぬ」「暗闇にひそむということは、何かしら思惟を根源的な方向へ鎮めていく気がする。」<br />
　松下竜一著「暗闇の思想を」は、１９７２～７４年氏が自ら関わった豊前(大分県)火力発電所建設反対運動の過程を記したものだ。反開発(火電阻止)運動の下で松下氏は、全国の反開発運動の現地（北陸・千葉・北海道）を旅しながら、理論の思索を重ね、すでに上記のような論理を導き出している。チェルノブイリ原発事故後、この本を読んだが、脱原発の思想としての先見性を呈するものと思い出し、再読した。<br />
　福島第一原発事故の放射能漏れ・汚染による人体・環境への影響は今後数世代に亘ると考えられる。チェルノブイリ原発事故後でも「国策」として原発を増設し続けてきた日本にあって、そして今回の福島原発事故後もまだ多くの人びとが「幻想」を持ち続けることを望んでいる中で、福島・東北の現状を目の前にし、一刻も早い復旧を祈りながらも、その復旧の在り方の問題として、新たな価値観の創造こそが求められているのではないかと思う。三十数年前と状況の違いはあるが、現況は基本的には変わらず、「突き抜けて」現代の文化＝電力文化を問い詰め、拒否する思想が求められていると思う。<br />
　松下氏は言う。高度経済成長(既にあり得ない！)を支えるエネルギーとしてなら、貪欲な電力需要は必要不可欠であろう。しかし悲劇的なことに、発電所の公害は現在の技術対策と経済効率の枠内で解消し難い。そこで電力会社と良識派と称する人びとは、「だが電力は絶対必要なのだから」という大前提で公害を免罪しようとする。国民すべての文化生活を支える電力需要であるから、一部地域住民の多少の被害は忍んでもらわなければならぬという恐るべき論理が出てくる。いわば発展とか開発とかが、明るい未来をひらく都市志向のキャッチフレーズで喧伝される。公害もこわいけれど、確信もなく住民のかしこさでそれを防ぐことが出来るという楽観論があり、「民主的手続き」が支えてきた。<br />
　これらの分析の上に、松下氏は「暗闇の思想」を対置する。「誰かの健康を害してしか成り立たぬような文化生活であるならば、その文化生活こそ問い直さなければならぬ」とし、自らに「自身の文化生活なるものへの厳しい反省」を課すことによって、暗闇は耐えるものととらえる。<br />
　「市民に過ぎぬ我らが、なぜ首相まがいに『国の発展』を唱えたり『国の電力』をまで憂えねばならぬのか。」「『電力危機』が到来するのなら、到来せしめればいい。私たち民衆にとって電力危機即日常生活の破局ではない。危機の正体は、危機をいい立てている者たちにとっての危機だ。」</p>

<p>　その時々での「電力危機（節電・計画停電）キャンペーン」は、電力会社よりの「電力需要論」の一環であり、電力需要の論争に乗ること自体、電力側の土俵に乗ってしまうことを意味している。<br />
　しかし、松下氏は、電力の全面否定という極論を言っているわけではない。経済成長に抑制を課し、今ある電力で成り立つような文化生活こそ考えようということである。<br />
　原発を含めた発電所(電力)の増設をはじめとした戦後の日本の近代化（開発）は、発展・開発を前提とした進歩史観（幻想!?）に立ち、その実一部の人の利益を生み出すために、「国益」・「経済成長」を優先させ、他国の人々と未来世代の命と引き換えにしてきた。人間の営みは決して「進歩・発展」ではなく、むしろ「複合・混在」とか「循環」としてある。昨年のＢＭＷ技術全国交流会(山形県)での安田先生の講演は示唆に富む内容だった。<br />
　原発は、半世紀近くに亘り、残念ながら「産業」として社会の一部を構成し、電力文化の前面に位置してきた。今、自らの文化生活を問う暗闇を取り戻す(耐える)思想と行動は、脱原発社会を目指すものとなるのは必然である。電気を数時間、数分、数秒でも自ら止める、止められるという人びとの意思の表示が急務だと思う。それは虚飾を排し、人間自立的な循環型社会を目指すことに通じる。</p>

<p>評者：阿部 均  （株式会社 米沢郷牧場  事業部長）</p>]]></description>
<link>http://www.bm-sola.com/book/archives/2011/04/post_57.html</link>
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<category>944『暗闇の思想を』</category>
<pubDate>Fri, 01 Apr 2011 23:59:06 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>「おいしい『日本』を食べる」</title>
<description><![CDATA[<p>中澤 満正 著 （ＫＫベストセラーズ）</p>

<p><br />
〈本物を継承する難しさ〉<br />
　中澤さんは、パルシステムの元理事長であり私たちの先輩としてパルシステムを育成してきた人である。その中澤さんの著書を書評することは大変難しく、正直困った。一読してこれほど食への深い思いが述べられていることに驚く。いまのパルシステムの現状はまったくついていけていない。残念ながら職員たちには、こうした食への哲学が浸透していないのが悩ましい現実である。そこから考えざるをえなかった。</p>

<p>〈食の哲学〉<br />
　中澤さんの食の哲学を要約させていただくと以下のようになる。</p>

<p>　「世界の文化は、それぞれの土地の環境と切り離せない。どんなに過酷な環境でも、住んでいる土地の温度や湿度にあわせて住まいの素材や構造を、また民族独自の衣類を作り出してきた。<br />
　私たちの祖先は、生き延びるために、そして自分たちの種を存続させるために、驚異的な知恵と労力を費やして自分自身を変化させ続けた。」<br />
　「食糧生産は、その国の風土の中で成立する。風土と食を切り離し、コストと収益のみに着目して農業の経済的な生産性を議論することからは、人類や民族の未来へのメッセージを感じることができません。それは、人間の心の豊かさとは無縁の理屈で、そこから私たちが安心して暮せる未来は描けないでしょう。」<br />
　<br />
　中澤さんは、商品を栄養機能や価格や使いやすさで考える前に、人の歴史と環境と文化で深く捉えていく。食を生み出してきた人間の英知として、これを継承することを重んじている。ここが、理解されないと食は単なる「いち商品」と堕して売らんかなの手段とされてしまう。こうなると果てし無い小売競争への転落がまっている。この本では、マーケッティングだとかマーチャンダイジングなどのカタカナ言葉による販売戦略など片鱗も出てこない。そこが並みの食品本とはまったく異なる。</p>

<p>〈中澤さんに助けられたこと〉<br />
　じつは私は、昔小さな生協で働いていたときにその隣接する北多摩生協当時の中澤専務に助けられたことがある。中澤さんが私を指名し、北海道の牛乳産地へ同行させてくださった。そのころ私の所の生協は赤字で北海道出張などとても無理だった。中澤専務の配慮で負担してくださった。当時としては北多摩生協でもけっして軽くない負担だった。<br />
　この旅で牛乳への熱い思いが語られた。根釧地方を巡りながら草地型の酪農生産の優位性と殺菌温度問題、不足払制度の問題などを教えていただいた。これをきっかけにして私は、連合会の牛乳委員会に加わり牛乳運動を担うこととなったのが生協運動へのめりこむきっかけとなった。</p>

<p>〈商品開発への思いの深さ〉<br />
　中澤さんが先頭に立って開発した産直の柱が紹介されている。こんせん牛乳とＪＡささかみの米である。どちらも今もパルシステムを支える基幹となっている。組合員の加入に際しての説明や職員の研修において最も効果があり元気が出るものとなっている。<br />
　この商品にかけるプロとしての思いを「夢を持つこと、商品の価値とそれを開発する喜びや感動を知っていること。自分がその商品に出会った時と同じ感動を組合員に届けること。」と記している。</p>

<p>　「売るために行われる商品作りは、結局利用者（組合員）の継続的支持を得られず、商品寿命が短くなる。」<br />
　「商品の生命力は、開発にかけた情熱、努力、エネルギーに比例する」<br />
　「食の荒廃は人の心の荒廃に直結する。食は人のこころそのもの」</p>

<p>　こうした中澤さんの熱い伝言を受け継ぎ、こころに深く落としながら食と農にかかわり続けていきたいとあらためて思った。このことを伝え体得する組織作りに努力することが、私たちの仕事だと思う。</p>

<p><br />
評者：山本 伸司  BM技術協会常任理事（パルシステム生活協同組合連合会）</p>]]></description>
<link>http://www.bm-sola.com/book/archives/2011/02/post_58.html</link>
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<category>945『おいしい「日本」を食べる』</category>
<pubDate>Tue, 01 Feb 2011 21:32:08 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『光合成とはなにか』</title>
<description><![CDATA[<p>生命システムを支える力</p>

<p>園池 公毅 著 （講談社ブルーバックス）</p>

<p><br />
　自然科学の言葉で光合成をひととおり解説している一般向けの本をずっと探していて、この本にたどりついた。小さいが読み応えがあり、やや重たい内容であるが、ＢＭ技術協会の活動の今後のために紹介をしておきたい。<br />
　まず前書きから本書の紹介の一部を引用する。「この本は、光合成など小学校で習うことだと思っている方々に、光合成の研究をしている研究者が今何を面白いと思って研究しているのか、どのような新しい発見があるのか、といった点を知ってもらうことが一つの目的となっています。光合成は単純でわかりきったものではないぞ、ということをお話ししようというわけです。」<br />
　光合成ははるか昔から研究されてきているテーマであるが、小学校で習ったぐらいなので研究は終わっているのでは、という一般の理解とは異なり、いまだにわかっていないことだらけである（らしい）。それはこの複雑な現象をどのようにわかろうとするか、という視点が、研究者の側で整理しきれていないことも理由の一つであろう。本書の著者の視点は、ありとあらゆる角度から光合成の本質を眺めてみれば、それだけ理解が進むのではないかということである。そのためにこの小さな本の中に１１の章が設けられている。もちろん主役は分子生物学で、分子を表す化学構造式は途中でたくさんでてくるが、そこをあえて飛ばして読んでもそれなりに面白さが味わえる構成になっている。<br />
　１章では導入として、エネルギーとは何かが簡単に語られる。２章では生物が光合成を始めた経緯と理由が述べられている。最初に光合成を始めたのは原始的な細菌であるが、それがより大きな細胞を持つ真核生物の内部に入りこむ「共生」の現象が起きて、現在の植物の祖先が誕生した。３章では、植物が太陽光を漏らさずにうまく集める方法が解説される。そのために植物のひとひらの葉が、精密機械も顔負けの構造を持っている。また光の吸収を行う色素の分子の化学構造が解説されるが、それが散らばって葉っぱの中に存在するのではなく、様々な色素が役割を分担して互いに補強しあえるように、精密に配置されている。４章はエネルギー変換について。５章は二酸化炭素の固定について。この二つの章は化学反応が主題で、本書の中でも難しい部分なので、あとから読み返すのがよいかもしれない。微量金属元素としてのミネラルが植物の体内でどのような役割を果たしているかは、主にこの両章で述べられている。６章は水と光合成産物の植物内部での輸送について。人間でいうと血管にあたる働きが、心臓のない植物の中でどのように実現されているかが語られる。７章は光合成の効率と速度。８章は植物の環境応答。この両章を読むことで、植物がその生命を保つためにとっている数々の戦略と、光合成能力をもっと高めたスーパー植物が簡単に作れない理由がわかる。９章は光合成の研究の歴史。海のまんなかに鉄を撒けば藻類の生長が劇的に速くなる、というマーチンの鉄仮説が改めて登場する（以前紹介した、畠山重篤氏、松永勝彦氏の著書にも登場）。また今後の光合成研究の方向が予想されている。１０章は光合成の概念の整理。１１章は光合成と地球環境のかかわりである。<br />
　本書の裏表紙には「植物という生き方」を知ろう、とある。いろんな知り方があるだろうが、本書によってあらゆる角度から光合成を眺めることで、地球と生命の歴史の中で、「植物という生き方」がはぐくまれることになった経緯が次第に見えてくる。地球は水の惑星、土の惑星、とこれまで書いてきたが、本書を読み終わってみて、地球は植物の惑星であることがよくわかった。岩石のことだけを考えていたのでは、地球のことは理解できないようである。</p>

<p>評者：奥地 拓生（岡山大学 地球物質科学研究センター准教授）</p>]]></description>
<link>http://www.bm-sola.com/book/archives/2011/01/post_59.html</link>
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<category>946『光合成とはなにか』</category>
<pubDate>Sat, 01 Jan 2011 15:37:31 +0900</pubDate>
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<title>「ウンコに学べ！」</title>
<description><![CDATA[<p>「ウンコに学べ！」有田正光・石村多門 共著  （ちくま新書）</p>

<p>評者　星加浩二　（㈱匠集団そら）</p>

<p>　まず題名が過激過ぎてカバーなしでは、通勤電車の中で読むのをためらってしまうほどストレートである。<br />
　本書のテーマは「あなたのウンコはどこへいくのか」と問いかけ、水洗トイレのレバーひとつで目の前から消えるウンコは単にどこかへ運ばれて行っただけで存在そのものがなくなった訳ではない。　ウンコがどのように処理されてきたのかを処理の歴史を追いながら、パリやロンドンでの処理方法と江戸との比較を交えて説明し、最終的に分解してくれるのはバクテリアで、その分解処理する過程を浄化槽や下水処理場の仕組みを解説しながら、バクテリアの働きや活性汚泥とはどういうものかを丁寧に教えてくれる。しかし下水処理場では効率よく有機物の分解はできても、栄養塩であるリン・チッソの処は同じく微生物処理なのであるが難しく、河川や湖沼の汚染の原因となっている。これを処理する高次処理施設は高コストにより全国にもまだまだ広がっていないという。<br />
　しかしその難しい脱リン・脱窒を行いさらに浄水処理まで行う高性能の処理施設として水田の浄化機能をあげ、夢の浄化槽、浄水場というのである。<br />
　その機能をささえているのが、水田に湛水することで生まれる嫌気と好気条件で働くバクテリアである。<br />
　この水田や畑に糞尿を撒いて肥料とすることによって江戸の町から糞尿が肥え桶によって近郊の農家へ運ばれ江戸の町の環境が整えられていたのである。幕末に日本にやってきたペリーは江戸の町が清潔なことに驚嘆していたという。その風景はつい最近まで銀座の昼日中、肥え桶を積んだ馬車がいくつも行き交っていたのである。<br />
　日本では糞尿を田畑に還元して野菜やお米を作ってきた。その糞尿は肥溜めに貯めてバクテリアに分解されたものを撒いていたのである。その「糞」についても元禄時代の農学者宮崎安貞は農業全書の第一巻に、苗糞（なえごえ）、草糞（くさごえ）、灰糞（やきごえ）、水糞（みずごえ）、泥糞（どろごえ）の五種類に分類し、「作物に応じ土地に応じ配分や季節を考えながらよろしく用いれば」大収穫間違いなしと説いている。現代の有機農業ではその匙加減がわかりにくいので、土壌分析をおこない有機肥料の選択をしてる訳である。<br />
　ウンコは何も人間や家畜だけでなく土壌のなかに棲むミミズもまた、土壌中の有機物を食べて排泄しているのである。この肥沃なウンコに注目したのがダーウィンである。</p>

<p>　前半は主として理系の立場から「ウンコ」についての薀蓄を語るのであるが、後半は文系の立場から「ウンコ」にまつわるドラマや文学が語られ、「外部不経済」といったエントロピー経済学にもつながる話が広がる。<br />
　「ウンコ」をすることが人間として自立することになるのである。<br />
　「ウンコができれば十分立派に生きていける。創造的な仕事よりも、持続的な生活こそが鍵である。起死回生の革命など夢想せず、ウンコをひればよいのである。」と著者は喝破している。</p>

<p>　ところでこの本のテーマ「あなたのウンコ」はどこへ行くのか、の答えは「それは大きな水循環のなかでめぐりめぐって私の口に入る」ということなのである。<br />
　最近食育の大切さが声高に叫ばれ各地で実践されているが、食べることだけではやはり片手落ちで、生命にとってウンコ（排泄）に学ぶことも大切だということをやさしく教えてくれる一冊である。</p>]]></description>
<link>http://www.bm-sola.com/book/archives/2010/12/post_46.html</link>
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<category>953「ウンコに学べ！」</category>
<pubDate>Wed, 01 Dec 2010 02:42:35 +0900</pubDate>
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<item>
<title>「ミミズの話」</title>
<description><![CDATA[<p>「ミミズの話」エイミィ・ステュワート 著  （今西康子訳　飛鳥新社）</p>

<p>評者　竹内周 （らでいっしゅぼーや(株)）</p>

<p>　著者エイミィ・スチュワートは、自らもミミズコンポストを使用する家庭菜園の愛好者としてミミズとつき合って七年、すっかりミミズフリークになってしまったようだ。本書を読むと、時おりその偏愛ぶりをうかがうことができるが、主題は、ミミズを通した「土壌」の機能や作用についての「驚き」であるのかと思う。<br />
　彼女の好奇心は、ダーウィン一八八一年の著作『肥沃土の形成』（ミミズと土）から紐解かれていく。<br />
　ダーウィンは、ミミズには何十年、何百年もかけて少しずつ地質学的変化をもたらす能力があることに気づいていて、このような微々たる変化の積み重ねが莫大な結果をもたらすという考え方が、土壌を変える神秘の力として、ダーウィンを惹きつけてやまなかったと指摘する。そして、もう百年以上の時を経た現在でも、人類はミミズについて、あまりにも無知であることを知る。<br />
　たとえば、数億年の地質年代を越え生きてきたミミズは、その生態を分類し地域ごとの調査を進めていけば、太古の大陸移動を詳らかにする生き証人としてとても重要な研究の対象。にもかかわらず未だ未発見種も夥しく、研究者をして「ぼくらはまだ十九世紀にいるようなもの」と、ため息をつかせるような状況なのだそうだ。<br />
　また、土壌の生物圏を概観すると、線虫を含めた様々な微生物は、ミミズによって非選択的に増殖、あるいは抑制され、休むことのないミミズの摂食と排出が、土壌を作物にとって良い環境にも悪い環境にも左右していくことの重要性と、その制御についての研究も少ないそうだ。ミクロの倍率で眺める土では、ミミズは土壌と土壌微生物に直接働きかける触媒であり、巨大なトンネルを掘削する耕作者でもあるのだ。<br />
　このほか、ヒトが無造作に持ち込んだ外来のミミズが、その土地の生態系に甚大な被害を及ぼし始めている可能性なども踏まえ、ミミズの持つこうした潜在能力を、積極的に活用し始めている事例も紹介される。要約すると、それは「大地を変化させる」ことだ。<br />
　巨大なミミズコンポスト製造のビジネスやし尿処理、その副産物を小分けした家庭菜園用の商品群など。水で液肥が抽出できる「ミミズ糞ティーバッグ」なんてのもあった。有害な化学物質や重金属を摂取しても生き続けることや、ＰＣＢやメタンを分解する働きなどもわかってきて、汚染土壌の浄化や汚水処理などへの活用も模索されている。いずれも、バイオリアクターとしてのミミズ（と土壌）から、なんらかの有効なアウトプットを導き出す取り組みだ。<br />
　<br />
　著者の菜園（当然不耕起！）を掘ったら、バケツ一杯に四〇匹のミミズ。計算すると一エーカー（約〇・四ヘクタール）に一年で一五〇トンのミミズ糞が生産されるということだ。この一〇分の一でも興味深い数値と言えるが、私たちはミミズについて、まだまだ知らないことが多いようだ。</p>]]></description>
<link>http://www.bm-sola.com/book/archives/2010/11/post_45.html</link>
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<category>954「ミミズの話」</category>
<pubDate>Mon, 01 Nov 2010 02:41:42 +0900</pubDate>
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