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2009年06月16日

■ベトナム枯葉剤の胎児幼児の苦痛の未来

米国軍は1961年から1971年まで俗称「Agent Orange」枯葉剤をベトナムに散布した。この薬剤は、大量のダイオキシンを含んでいて、軍事攻撃目標のため樹木を裸にするものである。ダイオキシンは人類に知られている最も危険な化学物質の1つである。

この物質は世界保健機関によって発癌物質(carcinogen)として、また米国医学会(the American Academy of Medicine)によって催奇形物質(teratogen)としてずっと認知されてきたものである。


米軍の空中散布によって250~480万人が枯葉剤にさらされた。14億ヘクタールの陸と森林、ベトナムの陸地の約12パーセントが空中薬剤された。

この化学物質に露出されたベトナム人は、発癌、肝臓障害、肺と心臓病、生殖能力欠陥、皮膚病、神経異常にこれまで苦しんでいる。

枯葉剤に露出された国民の子供やと孫は深刻や肉体的奇形、精神と身体障害、病気、で苦しみ、短い寿命で死んでいる。

森林、ジャングル.南ベトナムの大きな地域が、破壊されて、裸になったままである。それらの場所には生物が出てこない、仮に出ても、再生には50年から200年かかるだろう。

森林とジャングルに生息していた動物は絶滅して、それに依存していた共同体は、生きていけ無くなった。いくつかの地域の川と地下水もまた汚染されてしまっている。

浸食と砂漠化は環境を変えて、地球の温暖化に作用して、作物や動物の生命を悪化させている。

米国政府と化学薬品会社(複数)は、枯葉剤は、高温度で生産されると、大量のダイオキシンを含むのを知っていた。それにもかかわらず、化学薬品会社は、高温で、枯葉剤を生産し続けていた。

米国政府と化学薬品会社は、1963年に政府によって委任された「Bionetics Study」が、低レベルのダイオキシンでさえ実験動物の胎内の子に深刻な奇形を生みだすのを示したのを知っていた。

しかし、米国政府はその研究を隠ぺいして、枯葉剤をベトナムに散布し続けた。この研究が1969年に暴露されて、始めて枯葉剤の散布が中止された。ベトナムに参戦した米国の軍人も、同様の病気にかかっている。

発病した軍人が、政府に枯葉剤を製造したダウとモンサントを含む化学薬品会社を訴えた後に、この訴訟は、1億8000万ドル、少数の告訴者各自に数千ドルになる賠償で、法廷外決着がつけられた。

その後、米国の退役軍人は枯葉剤への露出補償で立法上の勝利を得た。軍人は恩恵で年あたり15億2000万ドルを受け取っている。

しかし、枯葉剤のベトナム人の犠牲者が連邦裁判所で化学薬品会社を訴えたとき、米国地方裁判所判事ジャック・ワインスタインは、枯葉剤が1907年のハーグ条約によって禁止された毒物兵器にあったらないという結論を下して、棄却した。

彼の起訴棄却は第二巡回連邦控訴裁によって再確認された。最高裁判所はこの提訴の聴聞を拒否した。

この年の5月15日と16日に、パリで召集された「国際人民の良心法廷」は、枯葉剤のベトナムの犠牲者を支持して、27人の犠牲者、目撃者、および科学専門家の証言を聴聞した。

世界3つの大陸からきた7人はこの国際法廷の裁判官として勤めた。この法廷は民主主義弁護士国際連盟(the International Association of Democratic Lawyers (IADL))によって後援されている。

Author:事務局 : 2009年06月16日 10:08